ユーザーインターフェースの理想はherに学ぶ
忘れてしまいそうになるのですが、現在は21世紀です。20世紀の時代に(といっても、わずか十数年前のことですが)SF小説や映画で描かれてきた未来が現実になりつつあります。テクノロジと人間をつなぐユーザーインターフェースも、SFに描かれていた未来のデザインが実用化されつつあります。
「思考は現実化する」はナポレオン・ヒルの古典的な名著のタイトルであり、どこかで聞いたことがあるかもしれません。このタイトルのように、強烈に思い続ける人間が現実世界を変え、新たなイノベーションを生み出します。
たとえばイーロン・マスク。彼は太陽光発電、火星への移住というSFのような事業を熱く考え続けてきました。考え続けてきたことを、実際に事業化して夢を実現しようとしています。
SF映画で描かれた「こうだったらいいな」という未来は、実現可能か不可能かは別として、人間の「夢」の具体化です。その夢の中に情報端末やユーザーインターフェースの理想形のヒントをみつけることもできます。
少し古い映画ですが、2013年にスパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』という作品があります。
離婚に悩む主人公セオドア・トゥオンブリー(ホアキン・フェニックス)は、新しい人工知能型オペレーティングシステム「サマンサ」に恋をします。サマンサは要するにiPhoneでは馴染みの深い「Siri」、あるいは日本マイクロソフト社がLINEで展開する女子高生AI「りんな」のようなものです。サマンサの声はスカーレット・ヨハンソンが演じています。
この映画は、人工知能が現在ほど盛り上がっていないときに、人工知能と人間の恋という、妄想なのかプラトニックなのか分からない世界を先駆けて描いた作品として興味深いものがありました。
しかし、さらに注目すべきことは、映画に登場する情報端末のユーザーインターフェースです。『her/世界でひとつの彼女』からUI設計のヒントを考察してみます。
音声コマンドと奥行きのある3次元のデスクトップ
セオドアは手紙の代筆業を仕事にしていますが、彼はキーボードを使いません。ヘッドセットのマイクで音声入力により文章を入力していきます。スマートフォンのコマンドも音声入力です。
画面にはアクティブな文書やウィンドウが表示され、使われていない文書やウィンドウは背後にあり、必要に応じて前面に呼び出すことができます。彼のガールフレンドのエイミー(エイミー・アダムス)はゲームや動画を制作していますが、彼女のパソコンのデスクトップは、タッチパネルで3D空間のようになっています。
現在のOSは、WindowsにしてもMAC OSにしてもまだ2次元です。かつて、Windowsフリップというサムネイルを3D風に並べる機能もありましたが、Windows 8で廃止されました。一方、3次元的なアプローチとしてiOS9では3D Touchが採用され、奥行きのある画面と深めに画面を押す操作が加わりました。
現在、Webサイトの演出では、スクロールに応じて手前のオブジェクトと背景のオブジェクトの動きを変えて立体感や奥行きを感じさせるパララックスが一般化しています。制作にはjQueryの知識やレイヤー構造に関する理解が必要です。
VRや3D動画が注目されつつある現状を踏まえても、今後は3次元的なユーザーインターフェースが標準化されていくのではないでしょうか。これからデザイナーには、3次元的な操作性を設計するセンスが必要になるかもしれません。
エモーショナルな人工知能と音声による対話
サマンサがユーザーインターフェースとして優れているのは「音声だけの存在」だからかもしれません。
Webサイトにコンシェルジュもしくはガイドのような機能を追加する際、どうしても視覚的なデザインを加えたくなります。要するにアバターやキャラクターなどのビジュアルです。
しかし、ビジュアルは逆に想像力を限定し、視覚的要素がユーザーとのコミュニケーションを阻害する場合があります。たとえば堅実なビジネスサイトに3頭身のアニメキャラクターが登場したら戸惑うのでは。
サマンサは声だけですが、豊かな感情を表現します。機械学習によって驚くほどのスピードで感情表現を深めていきます。このとき、沈黙も立派な言葉になります。現在のテクノロジでは沈黙はマシンの処理が遅いだけですが、黙っていることで共有できる感情もあります。
ユーザーインターフェースの究極の形は、人間に近づくことかもしれません。チューリングテストではありませんが、本物の人間と対話するような体験(エクスペリエンス)を与えられることが理想形ではないでしょうか。