製造業におけるデジタルツインの導入事例|仕組み・課題・導入ポイントを解説

1. はじめに

製造業では、多品種少量生産や短納期への対応が求められています。しかし、実際の工場で設備配置や生産工程を変更すると、ラインの停止や作業のやり直しが発生し、生産効率に影響する可能性があります。

こうした課題への対応手段として注目されているのが、現実の製品や設備、生産工程をデジタル空間に表現し、事前検証や運用改善に活用するデジタルツインです。現場を変更する前に仮想空間で検証することで、問題やボトルネックを把握し、試行錯誤や停止時間を抑えやすくなります。

本記事では、製造業におけるデジタルツインの仕組みやシミュレーションとの違いを整理し、HYMER、HD Hyundai Mipo、Hyundai Motor Group、PepsiCoの導入事例を紹介します。さらに、導入によるメリットや課題、実際に取り組む際のポイントを解説します。

2. 製造業におけるデジタルツインとは

デジタルツインとは、現実の製品や設備、生産工程などをデジタル空間に表現し、設計情報、シミュレーション結果、稼働データなどを結び付けて活用する仕組みです。Siemensでは、AIを活用したデジタルツインについて、物理ベースのシミュレーションとリアルタイムの運用データを組み合わせ、製品、機械、生産システム全体を動的に表現するものと説明しています(参照*1)。

現実の対象を完全に複製するのではなく、設計、生産、監視、保守などの目的に応じて、必要な形状、仕様、物理特性、工程情報などをモデル化します。

製品開発では、実物を製作する前の仮想試作や性能検証に利用できます。生産・運用段階では、センサーやIoTから取得したデータを反映し、設備の状態監視や予知保全、工程改善などに活用することも可能です。Siemensは、仮想世界と現実世界を継続的なフィードバックループで結び付けることで、設計、検証、最適化を進められると説明しています(参照*1)。

さらに、AIや最適化技術を組み合わせることで、複数の条件を比較し、設備配置や運用方法の改善案を検討する活用も進んでいます。

2.1. デジタルツインの基本的な仕組み

デジタルツインの構築・活用方法は目的によって異なります。ここでは、稼働中の設備や生産工程とデータを連携させる場合を例に、基本的な流れを5段階で紹介します。 

  1. 現実の対象をモデル化する
    製品や設備、生産工程を3Dモデルなどで表現します。
  2. 必要なデータを収集する
    稼働中の設備を対象とする場合は、IoTセンサーや生産ラインから、温度、稼働時間、搬送速度などのデータを取得します。
  3. 仮想空間へデータを反映する
    設計情報や収集した稼働データをモデルに反映し、目的に応じた仮想環境を構築します。
  4. シミュレーションと分析を行う
    生産条件や設備配置を変更し、ボトルネック、稼働率、レイアウト改善の効果などを検証します。
  5. 改善結果を現場へ反映する
    分析結果をもとに現場の運用を改善し、再び仮想空間で検証します。

このように、モデル化、データ収集、検証、改善を繰り返す循環型のプロセスを構築できることが、デジタルツインの特徴です。

2.2. 3Dモデルやシミュレーションとの違い

3Dモデル、シミュレーション、デジタルツインの主な違いは、次のとおりです。

比較項目3Dモデルシミュレーションデジタルツイン
主な目的形状や構造を可視化する設定した条件で挙動を検証する現実とデジタルを連携し、継続的に活用する
主な情報形状、寸法、部品構成物理条件、工程条件、動作条件設計情報、工程情報、設備仕様、稼働データ
現実とのデータ連携基本的には限定的必須ではないセンサーやIoTと連携する場合がある
主な活用場面設計、レビュー、可視化性能解析、工程検証、条件比較設計、生産、監視、保守、運用改善
更新方法必要に応じて更新条件を変える際に更新現実の変化に合わせて継続的に更新

3Dモデルは、製品や工場の形状を可視化することに適しています。シミュレーションは、設定した条件に基づき、製品の性能や生産工程の挙動を検証する技術です。

一方、デジタルツインは、3Dモデルやシミュレーションに設計情報、工程情報、設備仕様、稼働データなどを結び付け、製品や設備のライフサイクルを通じて継続的に活用します。Siemensでは、製品の設計・検証、生産設備の仮想試運転、運用データを利用した監視や予知保全など、複数の段階にまたがる活用方法が紹介されています(参照*1)。

ただし、すべてのデータが自動的に集約されるわけではありません。CAD、PLM、MES、IoT基盤などの連携対象を整理し、データの形式、名称、単位、更新方法をそろえる必要があります。

3. 製造業におけるデジタルツインの導入事例

製造業では、製品設計、生産工程、工場運用、物流など、さまざまな領域でデジタルツインが活用されています。今回紹介する4社の取り組みをまとめると、次のとおりです。

企業主な対象活用内容事例の特徴
HYMERキャンピングカーの設計・開発3D設計、構造解析、VR・ARによる設計検証物理試作前から設計検証、組立指示、トレーニング、マーケティングに活用  
HD Hyundai Mipo造船工程溶接工程、搬送、加工順序のシミュレーションパネル加工順序の最適化により、対象工程で32分、約2.6%の時間短縮 
Hyundai Motor Group自動車工場現実と同期する仮想工場、設備・物流の監視Digital Command Centerで工程や物流を可視化
PepsiCo製造施設・倉庫レイアウト、搬送経路、設備更新案の検証デジタルツインとAIエージェントを組み合わせた初期パイロット

以下では、各社が活用するシステムや対象工程、得られた成果を詳しく紹介します。

3.1. HYMER|製品設計・開発への活用

HYMERは、キャンピングカーやモーターホームなどのレジャー車両を開発・製造するドイツの企業です。同社は、Venture Sの設計・開発にSiemens Xceleratorのソフトウェアを活用し、車両全体の包括的なデジタルツインを構築しました(参照*2)。

Solid Edgeによる3D設計を基盤として、車内に配置するガス、水道、排水などの配管や部品の位置をデジタル空間で検討しています。構造解析やVR・ARを利用したデジタルモックアップも活用し、物理的な試作品を製作する前に設計内容を検証しました(参照*2)。

構築したデジタルツインは、設計や解析だけでなく、製造担当者向けの組立指示、社内向けのトレーニング、マーケティング資料の作成にも利用されています。 物理試作品が完成する前から、複数部門で共通の製品情報を活用できる点が、この事例の特徴です(参照*2)。

3.2. HD Hyundai Mipo|造船工程のシミュレーション

HD Hyundai Mipoは、SiemensのTeamcenterやTecnomatixに含まれるPlant Simulationなどを活用し、造船工程のデジタル化と自動化を進めています。部品表、製造工程、設備、作業者などの情報を連携させ、材料の流れ、タクトタイム、スループット、設備利用状況などを仮想空間で検証しています(参照*3)。

サブアセンブリーの溶接工程では、産業用ロボットが稼働するラインと、作業者が台車を使って作業するラインをモデル化しました。部品の搬入、配置、固定、研磨、搬出などの工程を再現し、作業配分や搬送経路を比較することで、ライン間の負荷やボトルネックを分析しています(参照*3)。

また、パネル加工順序の最適化では、Plant Simulationと遺伝的アルゴリズムを活用し、対象となるパネル加工工程で32分、約2.6%の時間短縮を実現したと報告されています(参照*3)。 これは対象となったパネル加工工程の成果であり、同社全体の生産性やコスト削減率を示す数値ではありません。

3.3. Hyundai Motor Group|現実と同期する仮想工場

Hyundai Motor Groupは、シンガポールのHyundai Motor Group Innovation Center Singapore(HMGICS)で、現実の生産施設を仮想空間に再現しています。約86,900平方メートル、7階建ての施設について、生産設備、物流システム、作業者、ロボットなどを仮想工場上に表現しています(参照*4)。

HMGICSでは、設備からリアルタイムデータを収集するIoT基盤を整備し、現実の工場と仮想工場を同期させています。Digital Command Centerでは、生産工程や自動物流システムの状態を仮想空間上で確認でき、設備やロボットを遠隔操作する仕組みも導入されています(参照*4)。

工場のレイアウトやロボットの配置、運用条件を変更する際は、現実の工場へ反映する前に仮想空間で検証できます。Hyundai Motor Groupは、実際の生産を止めずに将来の運用結果を検証することで、時間とコストの効率を高められると説明しています(参照*4)。

3.4. PepsiCo|AIとデジタルツインによる工場・倉庫の最適化

PepsiCoは2026年1月6日、SiemensおよびNVIDIAと複数年にわたって協業し、デジタルツインとAIを製造施設やサプライチェーンへ導入する取り組みを発表しました。米国では初期導入が始まっており、将来的には世界各地へ展開する計画です(参照*5)。

この取り組みでは、Siemens Digital Twin ComposerとNVIDIA Omniverseの技術を活用し、機械、コンベヤー、パレットの搬送経路、作業者の移動などを仮想空間に再現します。物理法則に基づくデジタルツインとAIエージェントを組み合わせ、施設を建設・変更する前に、レイアウトや設備更新案を検証・最適化します(参照*5)。

PepsiCoの公式発表によると、初期導入ではスループットが20%向上し、設備を変更する前に潜在的な問題の最大90%を特定したほか、設備投資額の10~15%削減につながっていると説明されています(参照*5)。 ただし、これらは初期導入で示された成果であり、すべての工場や倉庫で同じ効果が確定しているわけではありません。

4. デジタルツイン導入時の課題

デジタルツインの導入には、データの収集・標準化、既存システムとの連携、モデル精度の維持などの課題があります。対象範囲を広げすぎると費用や期間も増えるため、必要なデータ、体制、予算を事前に整理することが重要です。 

4.1. 必要なデータを収集・整備する

まず、現場の設備から必要なセンサーデータを取得できるか確認します。Hyundai Motor Groupも、製造環境へデジタルツインを導入するには、各設備からリアルタイムデータを取得するIoT基盤が必要になると説明しています(参照*4)。古い設備では通信機能が不足し、センサーの追加や設備改造が必要になる場合もあります。 

導入の初期段階では、設備のIoT化や現場データを取り込む方法の検討に時間がかかりがちです。作業者が手入力している情報をデジタル化する場合も、誤入力やフォーマットのずれを防ぐ工夫が必要になります。

こうしたデータ整備の負担を抑えるには、導入範囲を限定し、小規模な対象から成果を確認していく方法が有効です。

4.2. データ形式や名称を統一する

工場内にはさまざまな機器やシステムがあり、それぞれ異なるデータ形式を扱っていることも珍しくありません。CADデータ、生産実績、保全情報などについて、部門ごとに名称の付け方や単位が異なる場合もあります。

そのため、デジタルツイン構築の初期段階では、データ形式や名称、単位、コードなどを統一する必要があります。HMGICSでも、現場データを共有・活用するため、名称、形式、コードなどの標準化が行われています(参照*4)。自社で導入する場合も、変換ルールやマッピング表を用意し、部門間で共通のデータ管理ルールを決めることが重要です。 

標準化が不十分なまま導入を進めると、後から修正するためのコストが増えるだけでなく、仮想モデルの精度が低下する可能性もあります。

4.3. 既存システムを連携させる

製造業では、CAD、PLM、MES、ERP、SCADA、IoT基盤など、さまざまなシステムが稼働しています。これらを一体的に管理することは容易ではなく、デジタルツインを導入する際には、既存システムのデータをどのように連携させるかが大きな課題となります。

適切な連携方法を検討するには、各システムの担当者と協力し、必要なデータやインターフェースを明確にする必要があります。サードパーティ製のアプリケーションや追加モジュールを利用する場合もあるため、システム間の整合性にも注意が必要です。

連携が円滑に進まなければ、仮想空間を構築しても必要なデータが十分に集まらず、期待する効果を得られない可能性があります。

4.4. モデルの精度を維持する

デジタルツインは、一度構築すれば完了するものではありません。生産ラインや設備の状態は時間とともに変化し、工場のレイアウトも変更されることがあります。こうした変化に合わせて仮想モデルを更新しなければ、現実とのずれが次第に大きくなります。

そのため、運用チームや担当者が現場の変更内容を把握し、仮想空間へ反映する手順を確立する必要があります。改善サイクルを継続して回し、モデルの精度を保つことが、運用成果を左右します。

定期的なモデル検証や、設備保守時のフィードバックをルール化し、最新情報を継続的に反映できる体制を整えることが重要です。

4.5. 費用と導入範囲を管理する

デジタルツインの対象範囲を一度に広げると、初期投資やプロジェクト期間が大きく膨らむ可能性があります。工場全体を一括して対象にする方法は魅力的ですが、管理するデータ量や連携するシステムも増えやすくなります。

そのため、まずは単一のラインや特定工程に対象を絞って導入し、効果を評価する進め方が推奨されます。これにより、投資額と得られた効果を比較しやすくなり、組織内の理解や協力も得やすくなります。

段階的に導入することで、プロジェクトの失敗リスクを抑えながら、小規模導入で得た知見をその後の対象拡大に生かしやすくなります。

5. 製造業がデジタルツインを導入するポイント

デジタルツインを成果につなげるには、導入目的、対象範囲、必要なデータ、効果測定の方法を事前に整理する必要があります。ここでは、導入時に押さえておきたい5つのポイントを紹介します。 

5.1. 解決したい課題を明確にする

まずは、デジタルツインを導入する目的と、成果を測るための指標を具体的に定めます。「新しい技術を導入すること」自体を目的にせず、現場の課題と結び付けることが重要です。

例えば、次のような目標が考えられます。

  • ラインの停止時間や停止回数を減らす
  • 搬送工程のリードタイムを短縮する
  • 生産ラインの立ち上げ期間を短縮する
  • 設備利用率や生産能力を高める
  • 試作品や設計変更の回数を減らす

目標を明確にすることで、必要なデータや対象設備を選びやすくなり、導入後の効果も評価しやすくなります。

5.2. 対象範囲を限定して始める

最初から大規模に導入すると、初期コストやシステム連携の複雑さが大きくなります。そのため、まずは単一の生産ラインや特定の設備など、小規模な範囲から始め、効果を確認する方法がおすすめです。

小規模な導入でも、現場への影響が大きい領域を優先すれば、投資効果を把握しやすくなります。また、成功事例を社内で共有することで、他の部門や設備へ展開しやすくなります。

段階的に対象を広げることで、データ標準化や運用体制を整えながら、無理なくプロジェクトを進められます。

5.3. 必要なデータと連携システムを整理する

デジタルツインを活用するには、導入目的に応じて必要なデータを整理し、どのシステムから取得するのかを明確にしておくことが重要です。

主なデータには、次のようなものがあります。

  • 3D CADデータ
  • 設備仕様
  • BOM(部品表)
  • 工程情報
  • 生産実績
  • センサーデータ
  • 保全履歴

これらの情報をCAD、PLM、MES、ERP、SCADA、IoT基盤などから取得する場合は、データの形式、名称、単位、更新頻度を確認します。収集方法や変換方法を整理せずに進めると、システム連携の段階で大きな手戻りが発生する可能性があります。

5.4. 実績値と比較してモデルを改善する

デジタルツインを導入した後は、仮想空間でのシミュレーション結果と実際の生産結果を定期的に比較することが重要です。差異が見つかった場合は、その原因を分析し、モデルのパラメータやデータを調整します。

こうした継続的なフィードバックが、デジタルツインを効果的に活用するための重要なポイントです。導入当初は精度が十分でなくても、このサイクルを繰り返すことで、より実態に近いシミュレーションにつながります。

また、モデルの改善には多角的な視点が欠かせません。担当部門だけでなく、保全部門や生産管理部門などの意見も取り入れながら進めることが重要です。

5.5. 効果を確認して段階的に展開する

デジタルツインを導入した後は、KPI(重要指標)に基づいて効果を測定し、成果を評価します。改善効果を具体的な数値や事例で示すことができれば、社内外の理解や協力を得やすくなります。

そのうえで、効果を確認しながら対象範囲を少しずつ広げ、複数のラインや工場へ展開していきます。また、新しい設備や技術を導入する際にもデジタルツインを活用することで、導入前の検証を進めやすくなります。

このように段階的に展開することで、組織全体で知見を蓄積しながら、より大きなプロジェクトにも取り組みやすくなります。

6. まとめ

製造業でデジタルツインが注目されている背景には、多品種少量生産や人手不足、短納期対応など、さまざまな課題があります。デジタルツインは、現実の製品や設備、工場、生産工程などをデジタル空間に表現し、設計情報やシミュレーション、必要に応じてセンサーやIoTから取得したデータを結び付けて活用する仕組みです。

本記事で紹介した事例では、HYMERは製品設計と仮想試作、HD Hyundai Mipoは造船工程のシミュレーション、Hyundai Motor Groupは現実の工場と同期する仮想工場、PepsiCoはAIを組み合わせた製造施設・倉庫の設計検証にデジタルツインを活用しています。これらの事例から、デジタルツインは事前検証やボトルネックの把握、設備投資の検討、運用監視など、目的に応じて幅広く活用できることが分かります。

一方で、導入にはデータ収集やシステム連携、モデル精度の維持などの課題もあり、一度にすべてを実現するのは容易ではありません。そのため、導入目的を明確にしたうえで、対象範囲を限定して効果を検証しながら段階的に展開することが重要です。自社の課題や目的に合わせて活用を進めることで、デジタルツインの効果をより引き出しやすくなるでしょう。

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<参考文献>
(*1)Digital twin: The living blueprint | Siemens
https://www.siemens.com/en-us/company/digital-twin/

(*2)The Digital-First Recreational Vehicle: Siemens Xcelerator Software helps to bring Hymer’s first concept car Venture S to life | Designcenter Solid Edge
https://blogs.sw.siemens.com/solidedge/the-digital-first-recreational-vehicle-siemens-xcelerator-software-helps-to-bring-hymers-first-concept-car-venture-s-to-life/

(*3)HD Hyundai Mipo uses Siemens solutions to automate its shipyard, boosting efficiency, productivity and flexibility | Siemens
https://resources.sw.siemens.com/en-US/case-study-hd-hyundai-mipo/

(*4)A twin factory in a virtual digital space | Hyundai Motor Group
https://www.hyundaimotorgroup.com/en/story/CONT0000000000126053

(*5)PepsiCo Announces Industry-First AI and Digital Twin Collaboration with Siemens and NVIDIA
https://www.pepsico.com/newsroom/press-releases/2025/pepsico-announces-industry-first-ai-and-digital-twin-collaboration-with-siemens-and-nvidia