Appleのフラッグシップモデル、iPhone XSの実力を紹介
今回は発売から半年が経過した、iPhone XSについてまとめて見たいと思います。この記事が2018年9月時点で執筆するのであれば、Appleのフラッグシップモデルの登場を礼賛する内容になるのだろうと思いますが、今年始めに発表された業績の下方修正と、それに伴う「Appleショック」を経験した後では、単純なカタログスペックの紹介だけでは不十分でしょう。そこで、Appleの戦略とそのズレについても多少触れながら記述することにします。
この記事でわかること
①iPhone XSのカタログスペックの紹介
②有機ELを巡る日本企業の状況
③Appleの高価格戦略とその陰り
まずはカタログスペックから
とりあえずまずは、XSのスペックから簡単にまとめておきましょう。特筆すべきはカメラ性能と高性能チップの採用です。第11世代のXシリーズが他メーカーの製品と比べて時代遅れになりつつあった状況で、とりあえずこの2点については、性能的に満足いく水準に追いつくことができました。
Smart HDRの採用で夜景の撮影が驚くほど綺麗に
メインカメラには12Mのデュアルカメラを採用。特に注目すべきところはソフトウエア部分で、Xシリーズの自動HDRからSmart HDRに進化していることでしょう。HDRは一回の撮影で複数の感度の異なる画像を取得し、それを適切に組み合わせて1枚の画像にすることで細部まで再現性の高い写真を作成する技術です。
ソフトウエアの出来と、それを一瞬で実現する高性能チップがあってこそですが、XSシリーズでは明らかにXシリーズから進化しており、夜景の撮影などで威力を発揮します。多くのユーザーがレポートしているのもこの部分で、カメラ性能については同レベルの現行機種の中で最高水準と言っても良いでしょう。また、撮影した後で被写界深度を変えられる機能も実装されました。背景のボケ加減を自由に調整することで、一眼レフで撮影したような味のある写真を作成することができます。
現役最強のA12 Bionicチップを搭載
XSシリーズに搭載されているA12 Bionicチップは、TSMCの7nmプロセスで製造されています。世界で初めて商品化されたものであり、まさに世界最高水準のチップと言えます。また、Appleが独自に設計した4コアのGPUを搭載していることでも注目されたチップです。ファーウエイの最新スマートフォンMate 20/20 Pro/20Xに搭載されたKirin 980プロセッサも、同じくTSMCの7nmプロセスで製造されていますが、ベンチマークの結果ではA12が圧勝しているとの報告もあり、現役最強のチップであることは間違いないでしょう。
毎秒最大5兆回の処理を実行できるとされている最新のニューラルエンジンも搭載し、数々のソフト的な処理に対して瞬時にレスポンスを返すことができます。これがiOSの優れたUIと相まって、ストレスのない操作を体験することができます。Face IDの認証スピード、前述したSmart HDRの処理、画面遷移や各種ソフトウエアの処理など、ほとんどの操作で、もたつきを感じることがないのは非常に優れた進化です。正直、このチップの性能をフルに使うようなソフトはまだ存在しないと言っても良いかもしれません。
5.8inchの有機ELで実現するSuper Retina Display
フラッグシップモデルとして有機ELを搭載し、歴代最高の458ppiを実現したディスプレイで見る画像は美しい以外の何者でもありません。ただ、この有機ELの搭載が製品価格を押し上げる要因になっているのも事実です。フラッグシップモデルとしては必要不可欠な性能であったかもしれませんが、主力製品として数を稼ぐ向きではなさそうです。その後、液晶ディスプレイを搭載したXRが発売されますが、中途半端に価格が高かったためエントリーモデルとしてのポジションを確保することができず、Appleの需給予想を狂わせる要因となりました。
有機ELで世界に負けた日本企業
世界で初めて有機ELテレビを発売したのはソニーだったというのは、広く知られている事実です。しかし、その後膨大な資金を投入して開発スピードをあげた韓国勢に負けてしまいました。iPhone向けの有機ELはSumsungが独占状態であり、テレビ市場ではLGがトップを走っています。国内メーカーでも有機ELテレビは発売していますが、そのパネルはLG製で純国産の有機ELテレビは現在1台も販売されていません。
日本企業にも影を落とすAppleの生産計画見直し
液晶パネルを提供している日本企業として、ジャパン・ディスプレイが有名です。しかし、決して順調な経営とは言えず、Appleの増減産の要求や有機ELの採用などに振り回されてきた経緯があります。世界最大のスマートフォン用有機ELサプライヤーであるSumsungは、なかなか改善しない歩留まりで苦労しているようですが、Appleは新しくLGもサプライヤーとして加える計画のようですから、今後は熾烈な価格競争が起きる可能性があります。それにより有機ELの単価が下落すると、液晶パネルにも影響が出て、国内のサプライヤーの業績にも大きく響いてくる、という負の連鎖が予想されます。
Appleショックの影響と有機ELの現状
実際、Appleの業績下方修正とサプライヤーに対する減産の通知があったことを受けて、台湾・中国・日本の有名サプライヤーは株価を大きく下げています。前述のジャパン・ディスプレイについても例外ではなく、今後の生産計画の見直しが迫られている現状です。国内では、ソニーとパナソニックの有機EL事業を統合してスタートしたJOLEDやシャープが新しい製造方式を開発し、低価格での製造を模索していますが、まだ製品化の具体的なスケジュールははっきりしていない状況です。
ハードウエアの自社開発に意欲を示すApple
このように、スマートフォンのパネルに関する状況は現在やや混沌としています。有機ELが低価格で量産できるようになるのか、どのメーカーがブレイクスルーを実現するのか。こうした状況が長く続いたことに嫌気をさしたためか、Appleは液晶・有機EL以外の第三の技術開発にも乗り出しています。これはマイクロLEDと呼ばれるもので、もし実現すれば有機ELに取って代わる可能性があります。現在のところ、コストが高いこと以外は有機ELをはるかに凌ぐ性能があり、将来性が期待されるパネルと言えます。
高価格化と製品ラインナップの多様化で狂いが生じたAppleの戦略
今年初にAppleが発表した業績の下方修正は2002年以来初めてのことであり、快進撃を続けてきたApple神話に大きな影を落としました。自社の製造ラインを持たないAppleですから、世界中に広がるサプライヤーへの影響も大きく、連鎖的な株価の下落を招き「Appleショック」と呼ばれるほど話題にもなったのは記憶に新しいところです。
天才的なオペレーションでAppleを導いたティム・クック
現在Appleの指揮をとるティム・クックは、もともと全世界に広がるサプライチェーンの統括とオペレーションをマネジメントしていた人物であり、ジョブズに代わってApple CEOになってからは、その遺産を最大限に活かしセールスを伸ばしてきた実績があります。堅実で確実、現実にあるリソースをフル活用し利益を最大化することができる力は、現役の経営者の中でも飛び抜けていると言って良いでしょう。
その一方で、ジョブズのような既存概念を破壊し、新しい市場を生み出すようなパワーは残念ながら期待できません。とはいうものの、ジョブズに比する人物なんてそうそういませんので、それをティム・クックに望むのは少々酷かもしれません。実際、Appleの現行の製品ラインナップではApple Watch以外は全てジョブズ時代から基本的なデザインが変わっていません。(Mac Proは例外の一つで、個人的には好きなプロダクトですが、あまり成功している製品ではないので除外しています。)
高価格路線を進んだAppleの戦略
ここ数年のAppleはスマホ市場の量的な飽和を打開するためか、高価格路線に舵を切ってきました。ユーザーがどこまで高価格製品についてこれるかを試すような価格設定で、市場にチャレンジしてきたような感覚です。11世代のXシリーズではこの戦略が大方の予想を裏切って大成功し、大きなセールスを記録しましたが、続くXS特にXRでは需給予測を見誤ったというのが今回の業績下方修正の要因となりました。
以前ほどスッキリしない製品ラインナップ
また、以前と比べて製品ラインナップを絞りこまず、やや多層化したプロダクトをラインナップしているのも少なからず影響があります。AppleのHPを見るとXS、XRの最新機種だけでなく、8シリーズや7シリーズが現行機種として並んでいます。サプライヤーにとってみれば提供する部品種類が増えるため、ラインを統一することができずコストアップにつながり、それが利益を圧迫する要因になります。
さて、やや脇道にそれ過ぎた感はしますので、プロダクトとしてのXSについて最後にまとめておきましょう。強化されたガラスで囲まれ、ステンレススチールを採用した筐体、美しいSuper Retina Displayと漆黒の表現で、他を圧倒する有機ELは価格に見合うだけの満足感を与えてくれます。一眼レフクラスの性能を有するカメラとソフトウエア、最高水準のA12チップは多くのユーザーに対して十分すぎる操作感を提供しています。もし、あなたがiPhoneユーザーであり、8以前の機種を今使っているなら文句なくXSへの変更を勧めることができます。ただし、機種代金について納得いくならですが。
XRは選択肢としてアリ、ということを付け加えておきましょう。正直なところ50inchの大画面を持つテレビで、予算を少々かけて良いなら確実に液晶ではなく有機ELディスプレイを選択します。しかし、6inch程度の画面であれば、XSの有機ELはなくても構いません。XRの液晶で十分高精細であり、十分に満足いく綺麗さだと思います。その差額である数万円でApple Watchが買えることを考えるとなおさらです。そう思うともう少しXRのセールスが伸びても良さそうなのですが、やはり価格設定に難ありだったのでしょうか。少々考えにくいケースですが、今回の業績下方修正を受けてAppleがA12チップ搭載のエントリーモデルを発売することがもしあれば、XRよりも魅力的な製品になるかもしれません。
まとめ
今回は製品発売から半年を経過していることもあり、単純な性能紹介記事ではなくやや周辺事情も含めた形で記述してみました。XS、XRシリーズのセールスについて「失敗」と断ずるのはまだ早計だとは思いますが、Appleにとって何らかの戦略の見直しについては必要かもしれません。筆者個人としてはバッテリーの持ちも良く、A12チップの採用でレスポンスも快適なXRで十分満足しています。今後、低価格で有機ELモデルが投入されれば乗り換えも考慮しますが、当面はXRを使っていくつもりです。Xシリーズをすでに使っているという方は、しばらく「待ち」でも良いのではないでしょうか。
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