メタバース空間に潜むリスクと避けられない対策 メタバース専用保険商品も登場
メタバース空間にさまざまな業種の企業が参入し、多くの個人ユーザーがイベントや買い物などを楽しむ時代が始まっています。
しかし、どのような場所でもトラブルやリスクは避けられません。現実世界同様、メタバース空間でも不正行為が発生したり、その被害に遭うユーザーが存在したりするのです。
メタバースの世界に潜むリスクにはどのようなものがあるか、現実の法令とどんな関係性があるのか、ここで具体的にご紹介していきます。
高級ブランド「エルメス」が起こした訴訟
2022年、メタバース空間での出来事をめぐる、こんな裁判が起きています*1。
デジタルアーティストとして知られる男性らが、招待制のショッピングプラットフォームに「メタバーキン(MetaBirkins)」と称した100種のハンドバッグを出品しました。
しかし、このハンドバッグはいずれも、高級ブランド「エルメス」の代表商品ともいえる「バーキン(Birkin)」を毛皮で覆ったデザインになっていて、そのシルエットはバーキンを連想させるものだったのです。
かつ、バッグにはそれぞれ仮想通貨で10イーサリアムの値段が付けられていました。現実世界の通貨に換金可能な仮想通貨です。
この行為に対して、「BIRKIN」の文字商標及びバーキンの立体的なデザインについて登録商標を保有していたエルメスが、アーティストの行為は商標権を侵害するものとしてニューヨーク州南部連邦裁判所に提訴した、というものです。
アーティストらはエルメス側の訴えを却下するよう申し出たものの、陪審員らはエルメスの訴えを支持し、アーティストへは約1750万円の賠償命令が下されました*2。
また、メタバーキンの販売などの活動を永久に禁止する旨も言い渡しました。
現実世界で見られる訴訟とほぼ同じ出来事といえます。
メタバース空間に存在するリスク
さて、これは企業が個人を訴えた事例ですが、現実世界同様、メタバースの世界にもさまざまなリスクが存在します。
メタバースのさきがけといわれる「Second Life」は、ユーザーが自分のアバターを利用して現実世界とは異なる生活を送ることができるというものですが、ここでは現実世界の通貨に換金可能な「リンデンドル」が窃取されるという被害がありました*3。
アイテムに悪意あるスクリプトが埋め込まれていた、と報告されています。
ユーザーが遭遇しうるトラブル
こうした「盗難」だけでなく、メタバース空間にはさまざまなリスクが存在しています。
野村総研は、メタバース空間に存在するリスクと考えうる対策の例を、下のように紹介しています。

(出所:「メタバースにおけるリスクとその対策|7つの観点から必要なセキュリティを解説」野村総研)
https://www.nri-secure.co.jp/blog/metaverse
上から見ていくとアカウント乗っ取りやなりすまし、大量のアカウントを利用した不正行為、オブジェクトの窃取、といったことはメタバースに限らず、インターネットサービス上ではすでに、しばしば見られる行為です。
また、著作権の侵害ですが、これも現実世界ですでに起きていることであり、アカウント乗っ取りなどと同様、金銭的被害をユーザーに与えかねない不正行為です。
盗聴や盗撮によるプライバシー侵害もそうでしょう。
なお、東京電機大学の佐々木良一名誉教授がメタバースのゲームを対象としたリスク評価を実施しています。
その結果、対策すべきものとして28のリスク要因が残ったといいます。

メタバースゲームのリスク評価(一部)
(出所:「メタバース活用において考慮すべきサイバーリスク(東京電機大学)」PwC)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/awareness-cyber-security/dtf2023-07.html
これらの被害がメタバース空間そのもののシステムの欠陥、あるいは対策の不十分さや利用規約の整備の甘さなどに起因するものであれば、メタバース空間を提供する事業者にも大きな責任が生じます。
「システム」の上に構築された世界である以上、「個人間のトラブルには一切の責任を負いません」とは言えないのがメタバースの特徴です。
事業者が直接遭遇しうるトラブル
また、メタバース空間を運営・管理する事業者、あるいはメタバース空間に店舗を構える事業者などが、外部から直接被害を被ることもあります。
サイバー攻撃による個人情報の漏洩、あるいはハード/ソフトウェアのトラブルによりユーザーに損害を与えてしまうといった事態です。
「メタバース専用保険」も誕生
そこで、これらのトラブルによって生じる被害を補償する保険商品が出現しています。
あいおいニッセイ同和損保は国内初のメタバース専用保険パッケージ保険を開発し、2023年2月から提供しています*4。
このパッケージが補償するのは
・サイバー攻撃、情報漏洩等によりメタバース運営・管理事業者に発生した損害賠償責任
・メタバース上で発生する詐欺等によりメタバース運営・管理事業者等が負担する原因調査費用等
・システムの機能停止等によりメタバースイベントが中止となった際にかかる代替開催費用
の3種類です。
また、あいおいニッセイ同和損保は他にも、暗号資産やNFTの追跡サービスの提供を開始しています*5。
ビットコインなどの暗号資産やNFTなどが盗難の被害に遭った時、その暗号資産やNFTがその時点でどこにあるかを特定し、レポートを作成・提供するというものです。
なお、上記のパッケージ保険に加入していれば、このサービスの利用料を保険で補填することができるようになっています。
ほかにも、PwCは、「バーチャル不動産」や知的財産を対象とした保険商品も考えられるとしています*6。
現実世界の法令はどこまで対応できているか?
総務省の情報通信白書によれば、世界のメタバース市場は、2022年の8兆6144億円から、2030年には123兆9738億円まで拡大すると予想されています。

世界のメタバース市場規模の推移と予測
(出所:「令和5年版 情報通信白書」総務省)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd247520.html
急成長を遂げるメタバースの世界ですが、法整備が追いついていない部分があるのも事実です。
官民の専門家委員会によれば、メタバース上での不正行為や被害について、現実世界の法令を適用できるものとできないものがあります*7。
「わいせつ表現」「差別表現、ヘイトスピーチ」「誹謗中傷・侮辱」「プライバシー情報の暴露」「脅迫、威圧的言動」「騒音」に関しては現実世界の法令規制が適用できるのが現状です。
一方で、アバターによる言動や表現について、以下の項目は起きうるにもかかわらず法令のメタバースの適用がありません。
・痴漢
・つきまとい
・のぞき(不法侵入を伴わないもの)
・殴る、蹴る等の身体的暴力
しかしメタバース上の世界が現実同様の経済圏や社会を構築しつつあるなか、財産はもちろんのこと、現在法令での規制が難しいこれらの行為、それによってユーザーが受ける被害というのはじゅうぶん想定しうることです。
メタバース空間の運営・管理事業者だけでなく、そこでビジネスを展開する事業者も、現実世界と同じリスク対策を具体的に考える必要がある時代にきていると言えるでしょう。
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❹建設業界におけるDX

*1
「メタバース内の仮想アイテムの法的保護は現実と大きく異なる」日経クロストレンド
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/skillup/00009/00143/
*2
「「メタバーキン」商標裁判で勝訴したエルメスの要求が承認、関連活動は永久禁止へ」Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/d02b9d08266b84270f7e62f9ab23e1b1a30245fb
*3
「メタバースにおけるリスクとその対策|7つの観点から必要なセキュリティを解説」野村総研
https://www.nri-secure.co.jp/blog/metaverse
*4
「【国内初】メタバース専用パッケージ保険の提供開始~安全・安心な利用を支え、メタバースの発展へ貢献~ 」あいおいニッセイ同和損保
https://www.aioinissaydowa.co.jp/corporate/about/news/pdf/2023/news_2023020501103.pdf
*5
「保険商品と連動した暗号資産・NFT 追跡サービスの提供開始 」MS&ADインシュアランスグループHDほか
https://www.ms-ad-hd.com/ja/news/irnews/irnews-20230821/main/00/link/20230821_cryptoassets.pdf
*6
「メタバースで保険は進化する―ユーザーエクスペリエンスとリスク補償の最先端」PwC
*7
「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理 」首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/metaverse/pdf/ronten_seiri.pdf p55