スマートシティ構想にかけるトヨタの戦略に未来はあるのか?
現在、トヨタが社運をかけて取り組んでいるといっても良い「Woven City(ウーヴン・シティ)」。最近はCMなどでも積極的にアピールしており、いよいよ実証実験段階が目前に迫ってきました。
自動車メーカーであるはずのトヨタが、なぜ街づくりに取り組んでいるのか?自動車業界を巡る変化と、トヨタの戦略について考察していきましょう。
この記事でわかること
・大規模実証都市「Woven City」について
・自動車業界の変化とトヨタの立ち位置
・トヨタの新たなチャレンジについて
大規模実証都市「Woven City」とは何か
◯名称
”Woven(ウーヴン)”という英単語にあまり馴染みがないと思います。”weave(織る)”の過去分詞形ということで、「織り込まれた(もの)」や「織物」がその意味です。
これは、トヨタは自動織機の生産から事業を始めたという歴史にかけており、創業家出身の豊田章男前社長の想いが込められているのではないでしょうか。
”Woven City”は、「新しい街に交差する、織り込まれたような道」をイメージしているとのことです。若干わかりにくく、説明を聞かないと直感的に思いつきにくい名称のように感じます。
広く一般にアピールするのであれば、もっとわかりやすく「トヨタシティ」で良かったのではないでしょうか。
◯歴史
”Woven City”は、スマートシティとして、静岡県裾野市に建設が進められています。2020年1月に構想が発表され、2021年2月に造成工事が始まり2022年11月からは建設工事が進められています。
2024年から2025年にかけて、一部エリアで実証実験が開始される予定です。
この地は元々、トヨタの東富士工場があった場所です。1967年から2020年まで稼働していましたので、トヨタの歴史とともに歩んできた工場だったのでしょう。その場所が、トヨタの未来の姿を創造するための都市へと生まれ変わります。
◯目標
”Woven City”が目指すのは、「すべての人にとっての幸福の実現」です。これはざっくりとした目標であり、いくらでも解釈は可能ですが、旗印としては大体こんなものではないでしょうか。問題は「それをどうやって実現していくか?」です。
自動車メーカーであるトヨタですので、まずは「モビリティの可能性を拡張すること」を軸に据えています。さらに急速に進化を続けているIT技術や、エネルギー関連の新技術などを取り入れたサービスの実証と導入に特化した都市になる予定です。
◯特徴
トヨタは「自動車メーカー」から、一段階上のステージへの進化を目指しています。「クルマ・道・人」の三位一体で、安全を確保したテストコースを運営していく予定です。
スピードが速い車両専用の道路と、歩行者とゆっくり走るパーソナルモビリティが共存する道路、さらに歩行者専用道路の3種類の道路を設置します。
また、自動運転車の運行を想定し、安全を確保しながら将来のモビリティをソフトウエア面からも、開発・実証・実用化していきます。
さらに地下には、ものを配送するネットワークを構築する予定です。エネルギー面でも、ENEOSと協力し水素エネルギーの活用を進めるなど、総合的な未来社会の創造のためのプロジェクトとなっています。
また、NTTともパートナーシップを組み、スマートシティプラットフォームを構築した上で、国内外へ展開するなどの方針も発表されました。
将来的には約70m²(東京ディズニーランドの約1.5倍)の敷地に、トヨタの従業員やプロジェクト関係者などを中心として2000人程度が暮らす予定です。第一段階としては360人程度でスタートし、実際に生活をしながら課題を抽出し、アイディアを共有しながら改善を図っていきます。
都市設計は第2ワールド・トレードセンターやGoogleの新社屋などを手がけたデンマーク出身の新進気鋭の建築家、「ビャルケ・インゲルス」が担当します。
世界のトップを走り続けてきたトヨタとしては、急速に変化する業界への対応を急ぐ必要があります。
自動車業界では、新興勢力ながら世界トップの時価総額へと急成長した「テスラ」も大きな脅威となっています。そのため、自動車というプロダクトのブラッシュアップだけでは不十分と判断し、周辺環境も含めたサービスを提供できるメーカーへの脱皮を図っています。
そのための社運をかけたプロジェクトが”Woven City”です。*注1
自動車業界の変化とトヨタの立ち位置
自動車業界は100年に1度の変革の時を迎えています。大きな要因としては、従来のガソリンエンジン車からEV車(電気自動車)への移行が進んでいることにあります。
地球環境保護という大前提のもと、世界各国で政策としてEV車を優遇するなどの動きがあり、日本のメーカーの中でもトヨタはこの動きに乗り遅れていました。
トヨタはいち早くハイブリット車の開発・実用化に成功し、この分野では業界をリードしてきました。大型バッテリーを搭載した車両を得意としていたはずなのに、なぜEV車では遅れを取ることになったのでしょうか。
それはトヨタが、数多くの下請け・系列企業と長年にわたる緊密なサプライチェーンを構築していることに大きな要因があります。
EV車はガソリン車と比較して、部品点数が少なくて済むという特徴があります。EV車はマフラーや変速機も不要であり、ガソリン燃料を使わないため排気ガスの浄化も不要です。そもそもエンジンすらありません。
もしトヨタが完全にEV車にシフトした場合、数多くの下請け・系列企業の仕事がなくなります。このことが日本の経済にとって、どれほど大きな影響があるかは明らかでしょう。
さらにガソリン燃料が不要となれば、ガソリンスタンドはもちろん、燃料のサプライヤーにとっても深刻です。
そのため、日本経済を長年支えてきた自動車と関連業界は、ガソリンエンジン車からの脱却に消極的にならざるを得ません。
経済産業省もこのような事情から、長年にわたりEVシフトではなく「水素社会」を目指したロードマップを作成してきました。「水素エネルギー」と水素を燃料とする「燃料電池車」の活用を、重点政策として推し進めています。
詳しくは触れませんが、燃料電池車であれば水素燃料の運搬・貯蔵などを伴うため、エネルギー関連のサプライヤーにとってもガソリンからの事業転換が可能です。また、EV車に比べてガソリン車に近い構造をしていることから、トヨタ系列の下請けが燃料電池車用の部品製造などへ取り組むことも可能でしょう。
つまり日本の経済にとって、燃料電池車の方がEV車よりも「都合が良い」のです。さらにガソリン車が維持できれば、その方が「もっと良い」と言えます。この辺の事情が、トヨタを代表とする日本のモビリティ政策の方向性を決めてきたようです。
EV車の基本的な構造は、遊園地にあるゴーカートと同じです。モーターと操作系・駆動系・車体さえあればEV車になります。
肝となるのはバッテリーとソフトウエアの性能であり、それにデザイン性などが加われば十分に市場に訴求できます。このような理由から、新興メーカー参入のチャンスがあり、既存のメーカーにとっては脅威となります。
テスラはバッテリーこそパナソニックから供給を受けているものの、それ以外のパーツは内製化を進めており、トヨタのように数多くの下請けメーカーを必要としていません。ほとんどの部品を自社で製造しているため、新製品開発のスピードは既存のメーカーを圧倒しています。
さらに大きな特徴は、テスラは既存の「ものづくり」企業とは異なり「IT企業」としての性質を色濃く持っていることです。
トヨタは「カンバン方式」・「ジャストインタイム」など、優れたオペレーションが知られています。このようなオペレーションは「トヨタ方式」として、世界中のものづくり企業が研究し取り入れるなど、時代を築いてきました。
このオペレーションの目的は、究極の効率性と品質向上です。しかし、変化に対する対応が遅れがちで、新製品の開発や市場への投入に時間がかかるという欠点があります。例えば、今日新しい技術が開発されたとしても、それを製品化し、市場に投入するまでには数年のブランクが生じてしまいます。
新技術がリアルタイムで導入され、毎日のようにサービスが更新されているIT業界に比べ進化のスピードが遅い。この事が既存の自動車メーカーにとって、不利となりつつあります。
一方のテスラは、IT業界でトレンドである「アジャイル方式」を採用しています。これは、生産工程を小規模に分割し、それぞれのユニットが日々新しい技術を製品に導入していく仕組みです。
トヨタ車は全てが同じ設計、同じ方式で製造された均一な製品であるのに比べ、テスラ車は同じ車種であっても、後の方に製造されたものほど確実に進化しています。イーロン・マスク氏がIT分野出身であることも大きな要因であり、スペースXもこの手法で大きく成長しています。
また、テスラが代理店を持たないことも特徴の一つです。代理店を挟まないため、ユーザーの評価が直接届き、すぐに改善することができます。また、ソフトウエアのバージョンアップなども代理店を通さず、ネット経由でリアルタイムに反映することが可能です。
テスラユーザーが、特に何もしていないのにある朝突然ソフトウエアの更新がかかり、燃費が向上したことに感動した、という話も伝わっています。ナビ情報の更新であっても、いちいち代理店まで足を運ばないといけない他社の車に比べ、ユーザーにとっての利便性ははるかに上と言えます。
今まで強力な販売網を維持してきたトヨタの代理店ネットワークが、新しい時代の足枷になりかねません。テスラはユーザビリティだけでなく、代理店を挟まないことでのコスト優位性も大きなポイントでしょう。
「工場を進化させる方が、自動車を進化させるより10倍効果が高い」というのがイーロン・マスク氏の方針です。自動化を進め、リアルタイムに改革を実行し、常に進化を続けるギガファクトリーは、すでにトヨタ工場の生産能力を上回っています。
2021年、テスラのフリーモント工場における単位面積あたりの1週間での生産能力は16台。一方、トヨタのジョージタウン工場での生産能力は9台です。テスラの方が1.8倍も効率的に、車両を生産することができるようになりました。
すでに四半期ベースでは、テスラ車の販売台数がトヨタ車を上回る(車種別)国もあり、確実にトヨタの牙城は崩れつつあります。そのためトヨタは、「売れる車両」を作るだけでは不十分であり、根本的なところから改革を迫られています。
このような背景が”Woven City”にかける想いとなっているのではないでしょうか。*注2
トヨタの新たなチャレンジは成功するのか
では”Woven City”のような新たな取り組みで、トヨタは現在の地位を維持し、世界トップの企業として、この先も君臨し続けることができるのでしょうか?新たなチャレンジは成功を収めることができるのでしょうか?
これは「成功」をどう定義するかによっても評価は違ってきます。おそらく、いくつかのプロダクトは、”Woven City”での実証実験を通じて実用化に至るでしょう。自動運転車に関する技術やソフトウエア、街を集中管理するシステムなどには期待したいところです。
しかし前述したように、トヨタが従来の生産方式・代理店や系列企業との関係に引きずられている以上は、テスラのような飛躍的な進化は難しいのではないでしょうか。”Woven City”においても、まだ「水素社会の実現」を目標の一つとして設定しているあたりは、少し不安を覚えます。
すでに海外の研究機関の評価では、「自動車などの小型モビリティへの燃料電池の導入は効率が悪い」との結果が出ています。エネファームなどの家庭用小型燃料電池も同様の評価です。
日本の場合、効率や性能よりも既存企業や業界の事情の方を優先して、政策方針を決定しているように思えます。
経済産業省のロードマップでは、2020年の東京オリンピックで水素の可能性を世界に向けて大きくアピール。2025年からは燃料電池車・水素ステーションの自立拡大が開始され、200万台もの燃料電池車が街を走っているはずでした。
ところが2024年現在、燃料電池車が街を走っている姿は全くと言っていいほど見かけません。販売された燃料電池車の多くは、自治体などが無理して購入したものであり、すでに稼働を停止している状態のものも目立ちます。どう考えても水素社会の実現が近いとは思えません。
今後、トヨタが色々な「しがらみ」から離れて、本当に新しい改革へ取り組めるかが勝負の分かれ目になりそうです。
しかし2020年の計画発表から、自治体やパートナー企業などをまとめ、4年かけてやっと実証段階へというスケジュール感で本当に大丈夫でしょうか?この間にもテスラ車やギガファクトリーは、毎日アップデートを繰り返しながら進化を続けているのです。
【まとめ】
今回の記事ではトヨタの”Woven City”について、周辺事情も含めてまとめてみました。本来このような記事では、「未来都市、夢や希望、新しい社会」といった煌びやかな言葉で語りたいところです。
しかし、トヨタの抱えた課題や現状を調べると、「背水の陣」に近い印象を抱いてしまいます。トヨタの繁栄を支えてきた「企業文化」そのものを、見直す必要があるのかもしれません。
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■参考文献
注1
OUTLANDER PHEV 「トヨタが作るスマートシティ、いよいよ2024年にも実証開始」
https://jidounten-lab.com/u_38153自動運転LAB 「トヨタWoven City、初期住民は8種類!自動運転を試す実証都市、いつオープン?」
https://jidounten-lab.com/u_woven-city-8-peopleFASHION PRESS 「トヨタが実験都市「ウーブン・シティ」を静岡に開発、ロボットやAI技術を駆使した“テストコース”の街」
https://www.fashion-press.net/news/57048/2
RESERVA 「日本のスマートシティ政策事例|トヨタ「Woven City(ウーブン・シティ)」」
https://lg.reserva.be/smart-city-index-report-toyota-woven-city/TOYOTA WOVEN CITY
https://www.woven-city.global/jpn
注2
Woven City 「ウーブン・シティよ、どこへいく? ――トヨタが描いた壮大な夢のしまい方」
https://www.webcg.net/articles/-/49039
東洋経済 「トヨタとテスラの勝負を占う3つの重大ポイント」
https://toyokeizai.net/articles/-/605277
「トヨタが「水素社会の実現」を諦めない本当の理由」
https://toyokeizai.net/articles/-/704092?page=4
自然エネルギー財団 「日本の水素戦略の再検討」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/REI_JapanHydrogenStrategy_202209.pdf
環境展望台 「環境技術解説」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=21
経済産業省 「FCV・水素ステーション事業の現状について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/pdf/024_01_00.pdf
「水素・燃料電池戦略ロードマップ」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/roadmap_hyoka_wg/pdf/002_s05_00.pdf
日経XTECH 「水素供給網に「コストの巨壁」、打開策はあるか JHyM社長」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/05600/
久保田 宏(東京工業大学名誉教授) 「科学技術の視点から、どう考えてもおかしい「水素社会」」
https://mottainaisociety.org/web_journal/opinion/opinion_kubota20150309.pdf
Smart Mat Cloud 「【図解】かんばん方式【トヨタの生産方式かんばん方式とは?メリットとデメリットも】」
https://www.smartmat.io/column/business_efficiency/8021
Forbs 「トヨタはどう対応するのか、「テスラへのシフト」が進む米国市場」