能登半島地震を契機に考える 災害対策としてのスマートシティとは
スマートシティときくと、特定の都市や地域における特別な取り組みをイメージしがちです。
しかし、全国の地方自治体のすべてが取り組み可能で、小規模なものであっても、その地域が抱える課題やニーズに対応する政策であれば、すべてスマートシティといえます。
日本の喫緊の課題といえば、防災や自然災害からの復興。近年、大きな自然災害が頻発し、甚大な被害をもたらしています。2024年の年頭に起きた能登半島地震は社会に大きな衝撃を与えました。
こうした状況の中、防災・減災と復興にスマートシティを活用することが提案されています。
それはどのようなものでしょうか。
本記事では災害対策としてのスマートシティについて考えます。
日本のスマートシティ
まず、スマートシティとはどのようなものでしょうか。
スマートシティとは
国土交通省は官民が連携してスマートシティの取り組みを推進するために、企業、大学・研究機関、地方公共団体、関係府省などを会員とする「スマートシティ官民連携プラットフォーム」を設立しました。*1
その規程には、以下のように定義されています。*2
「スマートシティ」とは、先進的技術の活用により、都市や地域の機能やサービスを効率化・高度化し、各種の課題の解決を図るとともに、快適性や利便性を含めた新たな価値を創出する取組であり、Society5.0の先行的な実現の場を指す。
定義の中の「Society5.0」とは、日本が目指すべき未来社会の姿として政府が提唱している、以下のような社会を指します。*3
サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)
全国の地方自治体すべての政策
スマートシティは、特定の都市や地域の取り組みではなく、全国の地方自治体すべてが取り組み可能な政策です。*4
また、大がかりな取り組みばかりがスマートシティではありません。それぞれの地域の状況や住民のニーズに対応するものであれば、どれほど小規模な取り組みであっても、スマートシティといえます。
課題のソリューションと新たな価値の創造
日本は、急速な少子高齢化や人口減少、多発する災害など、世界各国の多くの都市がいずれ直面する都市課題が既に顕在化している「課題先進国」です。*5
そこで、高い技術力・研究開発力を活かし、さまざまな課題に対するソリューションを提示するとともに、新たな価値を創造し、世界に向けてスマートシティモデルを分かりやすく提示することも可能です(図1)。
図1 日本のスマートシティ
出所)国土交通省 スマートシティ官民連携プラットフォーム「日本のスマートシティの強み」
災害からの復興と「事前復興」
日本は国際的にみて自然災害の多い国で、台風、豪雨、豪雪など、多くの災害に見舞われています。*6
その復興にあたっては、どのような課題があるのでしょうか。
地震の被害
日本では特に近年、甚大な被害をもたらす自然災害が高頻度で発生しています。*7
大地震に絞っても、1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、そして2024年の能登半島地震と、この30年間で5回を数えます。
その度に、多くの人命が失われただけでなく、莫大な経済被害がもたらされました。
内閣府の公表によると、経済被害総額は以下の表1のように試算されています。*8
表1 震災による経済被害
出所)内閣府「経済財政白書 第2章 第2節 地域の経済2011>震災の経済への影響>1. 震災による経済被害(ストック)」
https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr11/chr11020201.html
また、2024年の能登半島地震の被害額は1兆1000億円から2兆6000億円に上ると試算されています。*9
こうした災害からの復興にはどのような課題があるのでしょうか。
復興という課題
自然災害による被害は、地域経済や住民の生活基盤、都市インフラ、行政機能にまでおよび、復旧・復興には莫大な時間と費用が必要です。*7
こうした災害に対しては、被害を最大限にくい止めるための「防災・減災」と、できるだけ短期間で効率的、効果的に住民の生活基盤を整える「復興」が、喫緊の課題です。
復興とは、ゼロからの出発ではなく、マイナスをプラスに変えることです。
災害が起きると、大量の住民がその地で暮らすことを躊躇することから、急激な人口流出というマイナスを背負うことになります。もとの賑わいを取り戻すためには、災害前の産業を復旧するだけではなく、既存産業の枠組みを超えて、新たな産業やイノベーションの創出を進める必要があるのです。
数々の自然災害からの復興支援を行ってきたデロイト・トーマツは、復興のうち「インフラ・ハードの復興」に関しては、現状把握や復興進捗がわかりやすいのですが、それに比べて「地域コミュニティ」「ひと・企業」「産業」といった要素は可視化しにくいため、現状把握に多くの時間と費用を要し、進捗の把握も困難だと指摘しています。
「事前復興」という考え方
このような課題に直面する災害復興の現場では、「事前復興」の重要性が注目されています。*7
事前復興の中核は、万が一の災害に備えた、地域の実態をつかむための情報収集や、限られたリソースを適切に配分するための計画策定です。
そして、こうした「事前復興」の取り組みが、スマートシティ構築の起点となる可能性が指摘されています。
災害対策としてのスマートシティ
次に、「事前復興」、防災としてのスマートシティについてみていきましょう。
災害とスマートシティ
国土交通省は、スマートシティの施策例の1つに、「防災・気象」を挙げています(図2)。*10
図2 国土交通省によるスマートシティの施策「防災・気象」の取り組み例
出所)国土交通省「スマートシティについて」( 社整審・交政審技術部会第5回国土交通技術行政の基本政策懇談会)(2019年2月25日)p.2
https://www.mlit.go.jp/common/001274816.pdf
取り組み例として挙げられているのは、以下の5点です。
- 災害リスクの見える化
- 3次元データ等を活用したインフラ整備の効率化
- 気象データの利活用・連携
- 簡易型河川監視カメラの設置
- 災害時の水資源最適化
提案された取り組み例
国土交通省が、2018年から2019年にかけて募集した、スマートシティの実現に向けたシーズ(技術)・ニーズには多くの企業や団体が応募しましたが、防災に向けた提案は91件、寄せられました。*11
そのうち竹中工務店の提案をみていきましょう。
それは、同社が開発した以下のようなシステムに基づくものです。*12, *13
連鎖的な発生が想定される地震や火災や津波など複数の災害の予測やその際の避難行動の解析結果を統合し、VR(仮想現実)による事前体験を可能とする災害事象の統合VRシステム 。
このVRシステムは、BIMデータを活用し、各災害事象の解析結果を3次元モデル内に時間経過に沿って統合化し、それをドーム型スクリーンやVRゴーグルなどのVRデバイスで可視化します。このシステムを活用すれば、誰でも簡単に複雑な災害事象をリアルに把握した上で、防災計画の検討が行えます(図3)。
図3 竹中工務店のVRシステム「maⅩim(マキシム)」の仕組み
出所)竹中工務店「プレスリリース 地震+火災など建物の災害状況を統合しリアルに再現する災害事象の統合VRシステム「maXim(マキシム)」を開発」
http://www.takenaka.co.jp/news/2017/03/04/
BIM(Building Information Modeling:ビム)とは、コンピューター上に作成した3次元の建物モデルに、コストや管理情報などの属性データを追加したデータベースを、建物の設計・施工から維持管理まで全ての工程で活用するものです。
従来、災害や避難の予測解析は、地震は地震、火災は火災というように、事象毎にその専門家が個別に行い、個別に可視化してきました。
しかし、このVRシステムを活用すれば、個別に行われた複数の解析結果を同一の映像内で確認することが可能なため、災害時の建物内の状況や人々の避難行動を事前にリアルに把握できるようになりました(図4)。
図4 「maⅩim(マキシム)」のVR
出所)竹中工務店「プレスリリース 地震+火災など建物の災害状況を統合しリアルに再現する災害事象の統合VRシステム「maXim(マキシム)」を開発」
http://www.takenaka.co.jp/news/2017/03/04/
駅、病院、空港、ホテル、大規模商業施設、オフィスなど公共性の高い建物には災害に対する高い安全性が求められています。このシステムの開発は、そうした施設の安全性やBCP(事業継続計画)向上に貢献するものです。
おわりに
上述の事例は、提案された多くの取り組みの1つに過ぎませんが、建築分野が先進技術を活用することによって「事前復興」を実現し、スマートシティ構築に大きな貢献ができるポテンシャルを示しています。
スマートシティは防災対策としても画期的なソリューションをもたらします。
災害が頻発する日本では、こうした取り組みの推進が望まれます。
建設・土木業界向け 5分でわかるCAD・BIM・CIMの ホワイトペーパー配布中!
CAD・BIM・CIMの
❶データ活用方法
❷主要ソフトウェア
❸カスタマイズ
❹プログラミング
についてまとめたホワイトペーパーを配布中
資料一覧
*1
出所)国土交通省「スマートシティ官民連携プラットフォームとは」(2019年8月8日)
https://www.mlit.go.jp/scpf/about/index.html
*2
出所)国土交通省「スマートシティ官民連携プラットフォーム規程」(2019年8月8日) p.1
https://www.mlit.go.jp/scpf/about/docs/kitei.pdf
*3
出所)内閣府「Society5.0とは」p.1
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/society5_0.pdf
*4
出所)内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省「スマートシティガイドブック ver.2」(2023年8月)p.10
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/guidebook.html の「スマートシティガイドブック」からページ移動
*5
出所)国土交通省 スマートシティ官民連携プラットフォーム「日本のスマートシティの強み」
*6
出所)国土技術研究センター「国土を知る/意外と知らない日本の国土>自然災害の多い国 日本」
https://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary09
*7
出所)デロイトトーマツ「災害対策としてのスマートシティ 「防災・減災」と「事前復興」における活用」
https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/foc/2020/smart-cities-for-disaster-management.html
*8
出所)内閣府「経済財政白書 第2章 第2節 地域の経済2011>震災の経済への影響>1. 震災による経済被害(ストック)」
https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr11/chr11020201.html
*9
出所)NHK「月例経済報告 地震によるインフラ被害額試算 1兆円~2兆円余に」(2024年1月25日 20時59分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240125/k10014334641000.html
*10
出所)国土交通省「スマートシティについて」( 社整審・交政審技術部会第5回国土交通技術行政の基本政策懇談会)(2019年2月25日)p.2
https://www.mlit.go.jp/common/001274816.pdf
*11
出所)国土交通省「スマートシティの実現に向けた技術提案【課題の分野別】」
https://www.mlit.go.jp/toshi/city_plan/toshi_city_plan_tk_000047.html
*12
出所)国土交通省「スマートシティの実現に向けた技術提案【課題の分野別】>提案団体名:株式会社 竹中工務店」p.1
https://www.mlit.go.jp/common/001271877.pdf
*13
出所)竹中工務店「プレスリリース 地震+火災など建物の災害状況を統合しリアルに再現する災害事象の統合VRシステム「maXim(マキシム)」を開発 ~科学的正確性を持つ映像で被災状況を把握し、建物設計や避難計画等の防災に生かす~」