Appleが2,000万枚のマスクを確保、フェイスガードの生産も
世界中で猛威を振るい続けるコロナウィルスによって、多くの企業が生産や事業活動に大きな影響を受けています。そんな中、コロナ対策製品の製造に乗り出す企業が注目を集めています。国内ではシャープがいち早く一般向けマスクの製造について取り組んだり、人工呼吸器の製造にトヨタが名乗りを上げています。今回はAppleが発表したコロナ関連の取り組みについてまとめてみます。
この記事でわかること
1 ティム・クックの発表内容
2 Appleがいち早くフェイスガードの生産と供給ができる理由
3 コロナ対応製品に取り組む企業の例
ティム・クックの発表内容
AppleのCEOであるティム・クックが4月6日に自身のTwitterで、2,000万枚のマスクの確保と医療従事者向けのフェイスガードの生産・供給に成功したことをアナウンスしました。実は10日ほど前の3月26日にも、すでに1,000万枚のマスクをアメリカ国内向けに確保し、追加で1,000万枚をヨーロッパで深刻な打撃を受けている地域に向けて調達することを報告していました。*注1
4月6日のアナウンスは2分18秒の短いものでしたが、大きくは次の2点に集約されています。
・Appleのサプライチェーンから2,000万枚のマスクを調達した
・医療機関向けフェイスガードを開発・製造し供給を開始した
サプライチェーンから2,000万枚のマスクを調達
マスクもフェイスガードについても一般向けではなく、医療機関を対象としたものであり、政府機関と連携を取りながら適した場所に出荷して行くとのことです。マスクについては、Appleが製造したものではなく、全世界に分散したサプライチェーンを通じて確保したと述べています。
ご存知の通り、AppleはiPhoneやiPadなど高度な電子機器の製造メーカーですが、一部を除き製造ラインを自社では保有していません。部品の製造やアセンブリ(組み立て)は、外部の企業に委託していることで有名です。
以前はAppleも自社で生産ラインを持つメーカーだったのが、90年代の経営危機を経てCEOに返り咲いたスティーブ・ジョブズが最初に取り組んだのが「経営のスリム化」でした。製造部門は徹底的にアウトソーシングし、新規の開発・デザインをストロングポイントとして磨き上げることで、魅力的な製品を次々にリリースすることが可能となります。生産ラインを自前で保有してしまうと、新製品のたびにラインを変更するために時間的・コスト的負担がかかるだけでなく、「製造部門の都合」に引きずられることからスピードと変革に弱い体制になってしまいます。
国内ではキーエンスなどがファブレス企業として有名です。AppleがITバブル崩壊後でも順調に業績を伸ばしている大きな要因が、こうした「自社工場を持たず、開発力と営業力に経営資源を集中している」ことにあります。Appleはサプライヤーにおける社会的責任を担保するため、その多くは労働者の権利に配慮するためのサプライヤーリストを公開しています。最新では33ページのPDFに200社のサプライヤーが掲載されていますが、こうした全世界に広がるネットワークが、今回のマスク調達に活用されたということになります。*注2
医療機関向けフェイスガードを開発・製造し供給を開始
2点目として医療従事者向けのフェイスガードの生産を開始し、すでに出荷しているということが語られました。このフェイスガードはわずか2分弱で組み立て可能であり、出荷時点では平らな形状をしているためコンパクトで、1ケースあたり100個をパックできることなど、具体的な概要についても詳しい説明がありました。すでにシリコンバレーにあるカイザー病院で使用され、医療関係者からも高評価を得ているとのことです。
発表のあった週に100万個が出荷され、その後も1週間ごとに100万個のペースで出荷が可能で、いずれはアメリカ国外に対しても供給を予定しており、政府や関係機関とも緊密な連携を取りながら対応していくとのことです。
注意する点としては、マスクにしてもフェイスガードにしてもどうやら医療従事者向けのものであり、私たち一般消費者が「Appleブランドのマスク」を入手できるということではないことです。そもそもマスクに関しては「Appleが製造したもの」ではなく、「サプライチェーンを通じて調達したもの」であり、「必要とされる場所へ寄付」することが目的です。ルイ・ヴィトンやサンローラン、ココ・シャネルなど有名アパレルブランドがマスク生産に乗り出したとの報道もあり、ひょっとしたらAppleロゴ入りのマスクが発売されるかも?と期待しましたが、残念ながらそれはないようです。*注3
また、ティム・クックはマスクについては明確に「寄付」と言っているのに対して、フェイスガードは「出荷」と区別していることにも留意が必要でしょう。Appleのデザイン部門、オペレーション部門やアセンブリ企業、サプライヤーなどが協力して製造に取り組んでおり、継続的に生産を続けるという点からもあくまで販売が前提ということなのでしょうか。
Appleがいち早くフェイスガードの生産と供給ができる理由
「垂直統合型」の生産システム
日本でも、シャープが政府の要請を受けてマスクの製造を決定したのが2月28日であり、約1ヶ月後の3月24日には生産をスタート、31日には出荷を開始しています。*注4
当初は政府調達分のみでしたが、先日一般向けのネット販売も開始されるなど話題になりました。シャープは自社工場ですから意思決定、生産計画の立案や実行というプロセスがスピーディになされるのは理解できるとしても、Appleは水平分業型の代表とされるほど、生産部門はそのほとんどをアウトソースしている企業です。今回のフェイスガード生産と供給のスピードには驚かされます。
これについては、Appleの生産システムが実は旧来考えられていた「水平分業型」ではなく、進化した「垂直統合型」だからという分析があります。生産ラインを自社では保有せず外部に頼っている形の業態は「水平分業型」に分類されるはずですが、Appleの場合はこうしたサプライヤーに対して生産設備を提供したり、非常に強いマネジメントとコントロールによって、まるで自社工場のような緊密な連携を取っていることから、新しい形の「垂直統合型」ではないかというのがその内容です。今回のスピーディな対応を見ていると納得のいく分析に思えます。*注5
現CEOティム・クックの天才的な能力
実はApple社の現CEOであるティム・クックは、当初からサプライチェーンの効率的運用で天才的な能力を発揮してきた人物であることも、今回のスピーディな対応の理由としてあげられるかもしれません。Appleがマイクロソフトとの競争に破れ倒産寸前に陥ったのち、ジョブズの復帰をきっかけとして奇跡的な復活を遂げたのは有名な話ですが、その当時の調達部門の責任者としてティム・クックの果たした役割も大きかったと言われています。
当時のAppleは市場のニーズを読みそこない、売れない製品の在庫を大量に抱えたり、売れ筋製品が欠品になったりと、収益機会を逃すことも不振の要因となっていました。
ティム・クックは効率的なロジスティクスを構築し、過大な在庫を抱えず市場のニーズに合わせた製品を適切なタイミングで提供することで利益を最大化することに成功し、Appleの劇的な復活に大きな役割を果たしました。ジョブズが後継者としてティム・クックを指名したのも、これらの功績を評価してのことだったのでしょう。*注6
コロナ対応製品に取り組む企業の例
飲食・エンターテイメント・レジャー・観光など、多くの産業に多大な影響を与え、一説にはリーマンショックを超える危機を招く恐れがあるとも言われている今回のコロナ騒動ですが、有名企業の中にはコロナ対策製品の開発・製造・販売にいち早く乗り出したところもあります。
・ルネサスエレクトロニクス(国内)
移動式人工呼吸器開発支援のレファレンスデザインをオープンソースの設計思想に基づいて作成
・ダッソーシステムズ
コロナウィルス感染症対策用の人工呼吸器を同社のオープンラボを活用して8日間で開発
(実際の開発はインドのNPO)
・NASA
新型コロナ患者治療用の人工呼吸器を37日間で開発、量産化も可能
・ダイソン
人工呼吸器を10日間で開発
全てを列挙するのは難しいぐらい多くの有名企業が、人工呼吸器やマスク・医療用で必要とされる防護服などの製造に着手しています。アメリカではトランプ大統領がGEに対して、「国防生産法」に基づき命令する形で生産指示を出したことがニュースになっていました。強制ではないにしても、多くの企業が政府の要請や自らの判断によって、コロナ対策の取り組みをおこなっています。
国内でもトヨタ・日産・スズキ・ホンダなどが開発に取り組んでいます。今回のコロナ騒動によって工場が停止したり、販売が落ち込んだりと大きな打撃を受けることが確実な自動車産業にとっては、単なる社会貢献という意味だけでなく窮地を抜け出すビジネスチャンスになるかもしれません。特に医療機器分野での実績が残せれば、今後の製品の幅が広がりますので、大きな変革の時期を迎え今後のビジネスモデルの構築が迫られている自動車産業各社にとっても、モデルケースになる可能性があります。*注7
【まとめ】
Appleが発表したマスクの調達・寄付とフェイスシールドの生産・出荷に関連して、Appleの強さの秘密の一端をまとめてみました。今回、コロナといった危機的状況下において、有名企業がどのようなビジョンを持ち、いかに機敏に危機に対応できるのかが問われているのではないでしょうか。スピードと変化に対する対応力のあるなしが、企業にとって非常に重要であり、今後生き残る企業とそうでない企業を明確に分けることになりそうです。
参考文献
注1
Tim Cook Twitter account https://twitter.com/tim_cook?s=20
注2
IT medlia NEWS 「Apple、サプライヤーリストを公開し、公正労働協会に加盟」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1201/16/news027.html
Apple Supplier list
https://www.apple.com/jp/supplier-responsibility/pdf/Apple-Supplier-List.pdf
Apple サプライヤー責任(日本語サイト)
https://www.apple.com/jp/supplier-responsibility/
キーエンスソフトウエア株式会社 「キーエンスのビジネスモデルについて」
https://www.keyence-soft.co.jp/group/businessmodel/
注3
Yahoo! ニュース 「高級ブランド「ルイ・ヴィトン」が、マスク生産」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200421-00010001-reutv-int
毎日新聞 「サンローランとバレンシアガ、新型コロナでマスク生産へ」
https://mainichi.jp/articles/20200323/reu/00m/030/002000c
注4
SHARP マスク生産開始のお知らせ
https://corporate.jp.sharp/news/200324-a.html
注5
PRESIDENT ONLINE 「iPhoneのAppleが「プロ向け防護マスク」をあっという間に作れるわけ」
https://president.jp/articles/-/34427
注6
WIRED 「Apple後継者にティム・クック氏が最適な理由」
https://wired.jp/2011/08/26/apple%e5%be%8c%e7%b6%99%e8%80%85%e3%81%ab%e3%83%86%e3%82%a3%e3%83%a0%e3%83%bb%e3%82%af%e3%83%83%e3%82%af%e6%b0%8f%e3%81%8c%e6%9c%80%e9%81%a9%e3%81%aa%e7%90%86%e7%94%b1/
MONOist 「「アップル=ファブレス」はもう古い、モノづくりの王道へ回帰」
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1803/08/news061.html
注7
MONOist 「新型コロナで不足する人工呼吸器の開発を支援、ルネサスが参照回路設計を公開」
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2004/20/news031.html
MONOist 「オープンラボを活用して新型コロナ対策用の人工呼吸器を8日間で開発」
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2005/01/news013.html
TECHABLE 「NASAが新型コロナ患者治療用の人工呼吸器を37日で開発、大量生産可能タイプ」
https://techable.jp/archives/122675
engadget日本語版 「ダイソン、10日間で開発の人工呼吸器「用なし」に。英国政府が契約解除」
https://japanese.engadget.com/jp-2020-04-25-10.html
日刊自動車新聞電子版 「自動車メーカー各社、人工呼吸器やマスクなどコロナ対策品の生産協力 経済産業省が要請」
https://www.netdenjd.com/articles/-/230822
財経新聞 「自動車製造業が医療機器を生産へ 産業を超えて総動員」
https://www.zaikei.co.jp/article/20200414/561904.html
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