竹中工務店による、設計施工一貫BIMの導入過程とその事例研究
この記事は、竹中工務店による設計施工一貫BIMの導入過程を、同社の2020年前半における建設事例を交えて解説するものです。
竹中工務店でのBIM導入は2008年ごろから進められており、2013年段階では「やわらぎ 森のスタジアム」や「加賀電子株式会社本社ビル」など、毎年数プロジェクトへのBIM導入が実現していました。
竹中工務店はすでにこの時点で、複雑な形状を持つ物件に対しても、BIMを活かした設計や施工を行える技術水準に到達していたと言えます。
・やわらぎ 森のスタジアム(リンク:https://www.takenaka.co.jp/majorworks/31205382013.html)
・加賀電子株式会社本社ビル(リンク:https://www.takenaka.co.jp/majorworks/21206312013.html)
しかし当時のBIM利用とは、特に複雑な納まりの部分的検討、建材の積算、顧客向けのプレゼンテーションのためなど、まだまだ断片的・補助的な利用にとどまるものが大半でした。
一部資料では、2013年7月建築設備CAD「Rebro」が全社に導入されるまでは、全支店に共通して利用されているCADソフトすら存在していなかったと言われています。(*1)
つまりこの時点では、設計段階より先のフェーズ、つまり確認申請や現場での活用も視野に入れた複合的なBIMデータの運用は、まだ実現していなかったといえるでしょう。
同時代の記事では3DCADとBIMの区別がほとんどつけられずこれらの単語が用いられていることからも、BIM概念の浸透が未熟であったことが窺えます。
では、竹中工務店におけるBIMの導入はどのように進み、2020年時点でどの程度の次元まで到達しているのでしょうか?
竹中工務店の公式リリース資料を中心に、その過程を追いかけてみましょう。
2014年~ BIM導入の本格化と「CapitaGreen」
2014年、竹中工務店における本格的なBIM導入の嚆矢が、シンガポールのビジネス街から放たれました。
それは竹中工務店が2012年に工事を入札した、超高層オフィスビル物件の竣工プロジェクトです。
地上40階、高さ245m、のちに「CapitaGreen」という名称がつけられたこのビルは、竹中工務店にとって「設計から施工、引き渡しまで一貫したBIM利用」を本格的に導入した、初期の事例となりました。(*2)(*3)
本建築の一つの目玉はその環境性能です。
「かつて存在した森を、新しい建築によって再生したい。生命体のように呼吸する建築を作りたい」
という設計コンセプトの通り、その外壁面の55%を緑化され、セミダブルスキン構造の外装、建物内に作られたクールボイド(吹き抜け)、そしてシンガポールの卓越風を取り込む最上階大型吸気口ファンネルの設置など、熱効率を改善する工夫が随所に施されました。
しかし、口で言うのは容易いこうした設備計画も、実際に計画し施工するのは簡単ではありません。
特に最上階に取り付けられた給気口は、伊東豊雄設計の3次元曲面で構成された複雑なものであり、その高さも10mという巨大なものでした。
高層ビルの上に、さらにビルを建てるような難工事であり、事前の綿密な情報共有・施工計画が必須なのは明らかです。
そこで、設計にあたってはRhinocerosとGrasshopperによるパラメトリックな検証が繰り返されました。
打ち合わせには画面上でのビジュアライゼーションはもちろん、3Dプリンターや3Dスキャナを併せた徹底的な検証が続いたといいます。(*4)
加えて当時シンガポールは、一部建築におけるBIMデータによる確認申請の義務化など、設計業務の範囲を超えたBIM利用が急速に進められていました。
こうした社会的な背景も、本建築のBIM導入を促した要因と言えるでしょう。
建築設計やBIM導入を担当した石澤宰氏は、
「設計から施工、引き渡しまで一貫してBIMを用いました。三次元の設計、さらに3Dプリンタや3Dスキャナを用いたコミュニケーションは、今までに経験したことのない円滑なものでした。新たな時代の仕事の仕方が生まれていく様子を、まざまざと体験することができました。」
と語ります。(*5)
同建築は、2015年にはシンガポールの建築建設庁「BCA(Building and Construction Authority)」が実施する「BIMアワード」にて、最優秀の「プラチナ賞」を共同受賞しました。
BIM先進国であるシンガポールにおいて、本邦のBIMによる事業が認められたことは、その後の竹中工務店の設計施工一貫BIMの導入の大きな推進力となったことでしょう。(*6)
2017年〜 「BIM推進室」の設置と多様なシステム開発
2017年1月1日、竹中工務店本社にBIM推進室が設置されました。(*7)
これを契機としてか、2017年は、設計・構造・設備・保守とあらゆる分野において、竹中工務店におけるBIMシステムの開発事業が一気に花開いた時期となりました。
下記の記事で取り上げられた音響システムなどは、その一例と言えるでしょう。
(関連記事:https://www.capa.co.jp/archives/33275)
むろん、施工管理へのBIM活用もその例外ではありませんでした。
以下その一例として、BIMと連携した施工管理ソフト「BIM/CIM Ark」について取り上げたいと思います。
建物の施工管理では、「図面のどの部分の工事がすでに完了しているか」といった正確な進捗状況の把握が重要になります。
加えて、「水圧・満水試験」、「照度測定」、「風量測定」といった、各構造や環境面での性能を満たしているかの検査も、工事の進行に並行して行わなければなりません。
しかしこうした確認作業は、従来はCADやBIMデータから必要な施工ステップを凡て手作業で書き起こし、Excelなどで一覧化、その後現場の手入力で終了箇所をチェックするという方式が一般的でした。
時間がかかる割にミスも発生しやすいこの作業は、デジタル化・自動化されれば大きな生産性の向上が見込める領域だったと言えるでしょう。
そこで竹中工務店は2017年11月1日、こうした施工管理体制の効率化に、BIMを利用することを決定しました。
その初期段階として行われたのは、集計表作成のデジタル化です。
BIMデータから自動で作業のチェックリストや集計表を作り、それを現場のタブレット端末で表示できる環境を整えたのでした。
具体的には、BIM/CIM Arkの利用により、
チェックリストの自動作成
施工状況(チェック済・未了)の電子化・見える化
複数の部材で構成された系統に対する、確認結果の付加
など、3つの手法が開発されました。
従来Excelと手書きチェックで行われていた施工状況の確認作業が、タブレット端末とBIMデータ上で行われるようになったのです。(*8)
2018年〜 ArchiCADの導入と「三栄建設鉄鋼事業本部新事務所」
2018年には、ArchiCADでおなじみグラフィソフトジャパンとのパートナーシップを発表し、同ソフトの本格的な導入が示されました。
これに伴い、複雑な形態を持つ建築へのBIMによる設計施工一貫の実現が、また一歩近いたといえるでしょう。(*9)
ArchiCADの導入が竹中工務店にもたらしたのは、BIMによるさらに一次元上の設計・施工です。
三栄建設鉄の鋼事業本部新事務所設計プロジェクトをその事例として紹介し、本記事の締めくくりとしたいと思います。
この建築最大の特徴は、通常の正方形グリッドにそった画一的なグリッド計画を避け、「ボロノイ分割」と呼ばれる手法を用いた特殊な間取りを採用している点にあります。
平面や空間上に配置された母点を基準に空間を区分けするこの数学的な手法によって、部屋と部屋の区切りを曖昧なものにし、部署間の心理的な壁を取り払うことがその狙いでした。
無論そのような設計をすればあらゆる建材・部材の形状が複雑なものになります。
しかしその複雑性もまた、
「縦横斜めに鉄骨材が絡み合うこの設計を実現する自社の施工技術」
をアピールする武器として前向きに捉えられました。
施主自身が施工を担当するという特殊なプロジェクトならではの取り組みと言えるでしょう。(*10)
設計には、ARCHICADやTeklaStructures、MidasにRebroといったこれまで竹中が主力としてきたBIMソフトに加え、前述のCapitaGreenでも利用された3次元モデリングソフトRhinoceros+Grasshopperが再び併用されました。
異なるベンダーが提供するソフト同士の連携は常に困難がつきまとうものですが、竹中工務店はみごとに本設計を実現し、2019年にラスベガスで開催された
「Key Client Conference2019(GRAPHISOFT主催)」
で多くのな注目と反響を集めることとなりました。(*11)
本建築の竣工は、2020年の春が予定されています。
水平垂直の制限から解放され、アルゴリズムによって複雑に最適化されたデザインに対しても、BIMによる設計施工一貫工事は可能なのか。
数多くのビルの鉄骨工事を請け負ってきた三栄建設との共同事業は、今まさにその問いに一つの答えをだしつつあるのです。
まとめ
以上、竹中工務店によるBIMの導入と、それによる設計・施工業務の連携について考察してまいりました。
しかしここまで紹介してきた内容は、あくまで「人間が建物を正確に把握する道具」としてのBIMにのみスポットライトを当てた内容でした。
しかし設計施工一貫BIMを語る上で、「BIMと建設ロボットの連携」というトピックを忘れるわけにはいきません。
なぜなら「建築の持つ情報を全てデジタル化する」というBIMの特徴は、建設ロボットと連携することで初めてその真価を発揮するといっても過言ではないからです。
そこで下記の記事では、「BIMと建設ロボット」をテーマに、竹中工務店の施工ロボットの導入過程を調査してみたいと思います。
ぜひ本記事と合わせてご一読ください。
参考記事
(*1) https://www.cadjapan.com/case/rebro/takenaka.html
2014年~ BIM導入の本格化と「CapitaGreen」
(*2)https://www.takenaka.co.jp/majorworks/21200032014.html
(*3)https://www.takenaka.co.jp/news/2012/02/03/index.html
(*4)https://xtech.nikkei.com/kn/atcl/knpcolumn/14/546679/031100021
(*5)https://www.takenaka.co.jp/recruit/fresh/work/capitagreen
(*6)https://www.takenaka.co.jp/corp/publicity/online-ads/pdf/capita_j.pdf
2017年〜 「BIM推進室」の設置と多様なシステム開発
(*7)https://www.takenaka.co.jp/news/2016/12/04/index.html
(*8)https://www.takenaka.co.jp/news/2017/11/01/index.html
2018年〜 ArchiCADの導入と「三栄建設鉄鋼事業本部新事務所」
(*9)https://www.graphisoft.co.jp/info/press/2018/20181122_takenakacorporation_agreement.html
(*10)http://www.sanei-kensetsu.com/tekko2019.html
(*11)https://www.graphisoft.co.jp/users/special/takenakakoumuten_2019.html
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