まちづくりや宇宙開発まで!導入が進むモデルベース開発のメリットとは?
IT技術やビックデータなどの技術革新によって、近年ではものづくりの現場でもデジタル化が進められています。自動車業界などの製造業で導入が進められているデジタル技術のひとつが、モデルベース開発です。
モデルベース開発とは、従来の紙の仕様書ではなく、コンピュータ上に構築したモデルを用いた開発手法のことです。
シミュレーション技術を活用することで、モデルが「動く仕様書」となり、開発と同時に検証を進めていくことができるところが、モデルベース開発の特徴です。
大規模化、複雑化した現代のシステムの開発において必要不可欠な技術となりつつあるモデルベース開発にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
この記事では、モデルベース開発の仕組みや特徴、国内での導入事例について紹介します。
モデルベース開発(MBD)とは?従来の開発手法との違い
モデルベース開発とは、シミュレーション技術を駆使して、効率的に設計・開発をおこなう手法のことです。英語ではModel Based Designと表記され、頭文字をとってMBDとも呼ばれています。
次の図1は、自動車分野における従来の開発プロセスとモデルベース開発を比較したイメージ図です。*1
図1:モデルベース開発のイメージ図
出所)経済産業省 「第3 節 製造業の新たな展開と将来像」 p.164
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2015/honbun_pdf/pdf/honbun01_03_01.pdf
従来の開発手法では、各工程で紙の仕様書をもとに実機を試作し、仕様書通りの仕上がりになっているのかを都度確認するというプロセスを踏んでいました。
この方法では、評価プロセスにおいて不具合が確認されるたびに仕様書を修正するため、何度も試作を繰り返さなければなりません。*2
このような手法では、設計段階では想定していなかった大きな問題がテスト工程で見つかってしまうという課題もありました。*1
一方でモデルベース開発では、コンピュータ上で開発する製品の振る舞いや構造をモデル化することで、開発・設計段階でさまざまなシミュレーションをおこなうことできます。
実機を用いたテスト工程に移る前にさまざまな検証ができるので、手戻りも少なくなり、試作の回数を減らすことができます。
モデルベース開発は、これまでの局所最適型のものづくりでは対応が困難な複雑化・高度化したシステムの開発にも適した手法です。
全体像を掴むことが難しい大規模なシステムにおいても、トップダウンで開発を進められるため、システム全体を最適化することができます。*1
また、モデルベース開発とよく似た手法として、コンピュータ上でシミュレーションを行うCAE(Computer Aided Engineering)もあります。
モデルベース開発が開発スタイルそのものを指すのに対し、CAEはシミュレーションツールや解析ソフトなどの単体の解析技術を指します。
この2つはコンピュータ上でシミュレーションを実施し、製造工程の効率化を図るという点が共通しています。*3
モデルベース開発の利点とは
モデルベース開発は、シミュレーションによって繰り返し検証することで手戻りを減らし、開発工程の効率化ができるところがメリットです。
では具体的に、従来の開発手法と比較してどのくらい効率化が可能なのでしょうか。
ここで、同一の商品の開発について、モデルベース開発を採用した場合と従来の開発手法を用いた場合で工数や生産性を比較した実験を紹介します。
この実験では、半導体装置で使用される制御コントローラーを開発対象とし、設計・実装の各プロセスで発生した不具合の修正にかかった工数を算出することで、モデルベース開発の生産性を評価しています。*4
実験の結果、モデルベース開発を採用すれば、従来の手法(レガシー開発)と比較して、開発期間が約32%短縮できることが確認されました(図2)。*4
図2:レガシー開発とモデルベース開発の工数
出所)独立行政法人 情報処理推進機構「モデルベース開発ツールを活用した際のコストの効果検証」 p.42
https://www.ipa.go.jp/archive/files/000026867.pdf
モデルベース開発の場合、システム設計とソフトウェア設計にかかる工数は従来手法と比較して増加するものの、ソフトウェア作成と単体検査、ソフトウェア検証にかかる工数が大幅に削減できるため、トータルで工数の削減が可能です。
共通する機能が多い類似システムを開発する際は、作成したモデルを再利用することも可能なので、さらに開発効率を向上させることができます。*4
そして次の図3は、モデルベース開発やシミュレーションツールであるCAEを導入した企業を対象に、どのようなメリットがあったかをヒアリングした結果です。*3
図3:MBD/CAE 等技術の導入・活用による効果
出所)経済産業省中国経済産業局「BD/CAE 等の導入・活用の手引き・事例集」 p.5
https://www.chugoku.meti.go.jp/r5fy/reseach/automobile/pdf/230531_2.pdf
ヒアリングの結果、シミュレーションを活用することで、開発期間の短期化やコストの削減以外にも、不具合の減少や製品(サービス)の質の向上などのメリットがあることがわかりました。
80%の企業がメリットとして回答した不具合の減少に関しては、これまでは多くの試作が必要であった新規製品の立ち上げで、特に効果が大きいとの声が上がっています。*3
開発期間の短期化もヒアリング対象の多くの企業が実感しており、なかには試作の実験にかかる時間を約40%も削減でき、残業する社員が減ったという回答もありました。
さらに副次効果として、「社内のコミュニケーション活性化」を挙げる企業も多く、シミュレーションによって気軽に検証をおこなうことで、さまざまなアイディアが生まれるというメリットがあるようです。*3
モデルベース開発の導入事例
自動車業界を中心に導入が進められてきたモデルベース開発は、現在は製造業だけでなく、さまざまな分野でも活用されています。
横浜スマートコミュニティ
モデルベース開発は、複雑なシステムの構築が必要なスマートコミュニティなどの次世代のまちづくりにも生かされています。
モデルベース開発が採用されている横浜スマートコミュニティは、「本当に豊かで充実した社会生活のためには、自然に学ぶことが重要である」という理念に賛同した企業や団体が参加し、多様な文化背景を有する横浜市でスマートエネルギー技術が対応できるかを実証するプロジェクトです。*5
横浜スマートコミュニティの構想は、地域の複数の自然エネルギーを有効活用し、コミュニティ自律型エネルギーシステムを構築するものです(図4)。*6
図4:スマートコミュニティ構想
出所)SEC journal「スマートコミュニティの紹介」 p.2
https://www.smartenergy.co.jp/yokohama/pdf/20120330_SEC_YSC_ja.pdf
モデルベース開発の技術は、スマートエネルギーシステムの開発で使用されています。
ビジョンをもとに構築された制御モデルやプラントモデルをコンピュータ上のシミュレーションによって検証し、太陽光発電や風力発電などを導入したスマートエネルギーシステムの最適化を図ります。*6
深宇宙探査技術実証機 DESTINY+
現在開発中の深宇宙探査技術実証機 DESTINY+でも、モデルベース開発の技術が活用されています。
深宇宙探査技術実証機 DESTINY+は、地球からはるか彼方にある深宇宙を探索する小型ロケットで、将来の持続的な宇宙探索にむけた小型宇宙探査機の技術獲得や宇宙塵(ダスト)の科学観測、ふたご座流星群の母天体である小惑星フェートンの謎の解明などを目指す理工一体のミッションです(図5)。*7, *8
図5:深宇宙探査技術実証機 DESTINY+
出所)日本電気株式会社 NECスペーステクノロジー株式会社「宇宙開発利用の進歩に貢献するモデルベース開発技術」 p.15
モデルベース技術を利用することによって、計算機リソースの制約がある中で高度な自律運転制御が必要であること、量産品ではないため実機によるフィードバックが少ないなどの宇宙探査機特有の課題を解決し、開発を迅速化することができます。
シミュレーションによってプログラムの網羅的な検証が可能なので、実機でのテストができない宇宙空間におけるミッションを成功に導きます。*8
今後も導入が加速するモデルベース開発
2021年9月、トヨタや日産などの国内自動車メーカー5社、デンソーやパナソニックなどの部品メーカー5社が運営会員となって、MBD推進センターが発足されました。
MBD推進センターでは、全体最適で高度なモノづくりを手戻りなく高効率で行える、モビリティ社会の最先端の開発コミュニティの実現を目的とした組織で、モデルベース技術を広く普及展開し、日本の自動車産業の国際力向上に貢献することを理念としています。*9
自動車業界を中心に積極的に導入が進められてきたモデルベース開発は、現在では宇宙開発事業やエネルギー業界、ロボット産業、医療機器開発などのさまざまな業界で活用されています。
革新的なアイディアを高速にシミュレーションすることで、より優れた製品を生み出すことができるモデルベース開発は、今後の日本の産業の発展には欠かせない技術と言えるでしょう。
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❹建設業界におけるDX

参考文献
*1
出所)経済産業省 「第3 節 製造業の新たな展開と将来像」 p.164
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2015/honbun_pdf/pdf/honbun01_03_01.pdf
*2
出所)経済産業省 「IT利活用分野について(自動車分野)」p.1
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/002_06_00.pdf
*3
出所)経済産業省中国経済産業局「BD/CAE 等の導入・活用の手引き・事例集」p.3, p.5, p.6, p.7
https://www.chugoku.meti.go.jp/r5fy/reseach/automobile/pdf/230531_2.pdf
*4
出所)独立行政法人 情報処理推進機構「モデルベース開発ツールを活用した際のコストの効果検証」 p.1,p.2,p.42, p.53
https://www.ipa.go.jp/archive/files/000026867.pdf
*5
出所)独立行政法人 情報処理推進機構「横浜スマートコミュニティ」
https://www.smartenergy.co.jp/yokohama/community.html
*6
出所)SEC journal「スマートコミュニティの紹介」 p.2 p.3
https://www.smartenergy.co.jp/yokohama/pdf/20120330_SEC_YSC_ja.pdf
*7
出所)JAXA「深宇宙探査技術実証機 DESTINY」
https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/developing/destiny_plus.html
*8
出所)日本電気株式会社 NECスペーステクノロジー株式会社「宇宙開発利用の進歩に貢献するモデルベース開発技術」 p.15 p.17 p.20
*9
出所)JAMBE「MBD(モデルベース開発*1)推進センターが発足」 p.1, p.3
https://www.jambe.jp/uploads/20210924a.pdf
執筆者プロフィール
石上 文
広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。