Appleの忘れ物防止トラッカー「Air Tag」を巡って独占禁止法違反での追求
みなさんは先日発表された、Appleの「Air Tag」についてどう思われましたか?
私の第一印象は「1つでは足りないなあ」でした。少し前にちょっと高めのいい傘を買ったのですが、置き忘れや盗難が怖くて使うことができないでいます。そのため、実際の雨の時は安いビニル傘を使うという状況です。こんな時「Air Tag」があると、安心なのですが、「Air Tag」自体が高いのでそんなに気軽には使うことができません。。。小型でもっと安価なら気軽にいくつか買えるので、もっと便利に使うことができるのですが。
この「Air Tag」を巡って、Appleはまた独占禁止法違反を追求される事態になっているようです。
2020年にフォートナイトが起こした、手数料に端を発する争いが続いている状況で、新たな騒動が巻き起こってきました。GAFA各社の独占的な市場支配に対する追求が厳しくなってきている中、今回はAppleの「Air Tag」を巡る問題についてまとめてみましょう。
この記事でわかること
・Air Tagの特徴と市場優位性について
・Air Tagに関するTile社との騒動の経緯について
・Appleの主張と独占禁止法違反回避の論理
Air Tagの特徴と市場優位性
Appleが2021年4月に発表したAir Tagは、いわゆる「忘れ物防止トラッカー」というプロダクトです。この分野では先行する製品がすでに出ており、Appleが先行して開発・発売した訳ではありません。代表的なのはTile社ですが、このTile社は今回の独占禁止法違反を巡る争いの当事者として後ほど登場することになります。
まずは、AppleのAir Tagにどんな特徴があるのか見ていきましょう。
形状は直径31.9ミリの円形です。500円玉ぐらいの大きさをイメージすると良いでしょう。厚みが8ミリもあるため、財布などの薄いものに入れて使う用途向きではありません。重さは11gであり、ステンレススチールの表面にはAppleのロゴが刻印されています。特に操作する部分はなく、全てはアプリ上で設定をするようになっています。
Air Tagは、iPhoneもしくはiPadとペアリングして使用します。どちらのOSもバージョンは14.5以上が対応となっています。
設定は画面の表示に従うことで簡単にできます。設定が完了すればAppleIDに紐づけられますが、ひとつのAppleIDに対して複数台のAir Tagの紐付けが可能です。ただし、逆はできません。ひとつのAir Tagを、複数のApple IDで管理することができないということになります。
例えば、家族共有で使っている車にAir Tagを設置しても、管理できるのは誰か一人だけです。
ここまではそれほど特別な感じはしないですよね。Appleのロゴマークがついたちょっとおしゃれなトラッカーというだけの話です。
Air Tagの真価はデバイス単体の性能ではありません。もちろん、Air Tagに搭載されているのはApple独自設計のU1チップですから、高性能であることは間違いありません。
Air Tagがその本来の実力を発揮し、競合となる他社製品と比べて圧倒的な優位性を持っているのは、世界中に広がるApple製品ユーザーのネットワークを使用できることにあります。
紛失したものにつけているAir Tagを近くにあるApple製品が検知し、持ち主に対してその場所を通知してくれます。世界中に数億台もあるApple製品による強力なネットワークが、自分のAir Tagを探してくれるというのが一番のポイントです。
他社製品でも、同じデバイスを利用するユーザー同士のネットワークを使った検知機能を持っていたりします。しかし、Apple製品ユーザーに比べて絶対数が小さすぎるという点でどうしても見劣りがします。
検知機能という面では、Appleが築いてきた自社製品のエコシステムに組み込まれた優位性を崩すことは難しいでしょう。
もうひとつの大きな特徴は、超広帯域無線通信に対応していることです。Bluetoothなど利用する他社製品に比べて、長距離での通信が可能であり測位も正確です。
Air Tagが見つかると、その方向をiPhone上で正確に指し示すことができるなど、ユーザーにとって便利な機能として活かされています。
Bluetoothなどを使っている他社製品の場合、近くにあることはわかってもその具体的な場所を特定できないこともあります。多分部屋の中にあるんだけど、探しても見つからない。。。そんなシチュエーションになりかねません。*注1
Air Tagに関するTile社との騒動の経緯について
ここで、問題となっているTile社とAppleの関係について、経緯を確認してみましょう。
もともと、Tile社のアプリはApp Storeで配信されていました。デバイスについてもAppleの直営店であるApple Storeで販売されており、お互いは協力関係にありました。
この段階ではTile社にとって、Appleの販売網とブランドイメージは大いにプラスに働いていたはずです。
しかし、この状況は2019年になって大きく変化することになります。
AppleがAir Tagの商標を獲得したことが明らかになり、iOSの中にもそれらしい痕跡が見つかったことがきっかけです。Appleが自社製品として忘れ物防止タグを開発しているのでは?という憶測を裏付ける証拠となりました。
心穏やかでないのはTile社をはじめとして、同様の商品を先行して販売している企業です。*注2
「忘れ物防止トラッカー」はデバイスの性質上、スマホなどの携帯端末上で動くアプリと連携しているケースがほとんどです。しかし、Appleがもし純正のデバイスをリリースしたとしたら、iOSにおいては親和性の高さから、ユーザーが真っ先に選択するのは純正品となるでしょう。
Tile社が先行して市場を開拓してきた優位性は、瞬く間に吹き飛ぶことになります。
このような事情から、2020年になってTile社はEUの公正取引委員会に対して提訴をおこないました。まだ、Air Tagが製品としてリリースされてないにも関わらずです。
まずはiOS標準の「探す」アプリについて、不公平であるという点を主張しています。主張の内容として
・Tile社のアプリは削除できるが「探す」アプリは削除できない。
・「探す」アプリは初期設定でセットアップされるのでTile社のアプリよりも優遇されている。
・TIle社のアプリを設定して使ってるユーザーに対して、定期的にポップアップで再承認を求めること
などをあげています。
「探す」アプリが、忘れ物追跡デバイスを提供している各社のアプリよりも優遇されていることから、Appleが同種のデバイスをリリースした際には優位性を保つことができる。
これは市場からApple以外の競合を締め出す行為であり、独占禁止法に違反するというものです。
「探す」アプリはiOS標準のものです。元来は同じIDで管理されるAppleのデバイスの位置を検出する目的のものですので、このような仕様はある意味仕方ないと言えます。
しかし、Appleが忘れ物防止タグを純正製品としてリリースするとした場合、話は違ってくるというのがTile社の主張です。
ここまでの内容については、正直どちらに正当性があるのかは微妙なところではないでしょうか。Appleが自社の優位性を武器に、先行するデバイスの「真似」をして市場を独占することが目的であれば、何らかの制限をするべきかもしれません。
しかし、Appleが築いてきたネットワークをTile社が利用してきたことも事実です。
Tile社はもう一つ重要な主張もしています。
それは、Air Tagが利用している超広帯域無線通信をTile社のアプリでは使用できないという点です。Appleが超広帯域無線通信の仕様を公開していないため、せっかくiPhoneには搭載されているのに、iPhoneで動作するサードパーティ製アプリでは利用できないのです。
このことについて、Tile社はAppleが自社製品に優位性を持たせる行為であり、不公正であると主張しています。
実際Appleは、Air Tagを準備していると噂が広がってきた頃に歩調を合わせ、直営店からTile社の製品を撤去したと言われています。このような一連の動きを見ていると、Appleが自社デバイスのリリースに向けて、Tile社製品に対して距離を置き始めたと思われても仕方ないでしょう。*注3
Appleの主張と独占禁止法違反回避の論理
このようなTile社の提訴に関して、Appleはどのように正当性を主張しているのでしょうか。
フォートナイトとの紛争においては、App Storeでの手数料が焦点でした。Appleのデバイスはクローズドな設計になっており、App Storeを通じてしかアプリのインストールができません。このような独占的な地位を利用して、不当に高額な利益を徴収しているという論理です。フォートナイトとの争いは法廷に持ち込まれ、現在も進行中です。
Tile社のケースについては、手数料の多寡については問題点とはなっていません。
Appleが保つiPhoneやiPadなどの多数のユーザーによるネットワークは、Tile社としても重要であり、それなしでサービスを提供することはできません。
フォートナイトと異なり、Appleがダイレクトに競合となる製品を出してきたこと、しかもOSとの親和性は純正品の方が優遇されているという部分が問題となっています。
仮にありえない話ですが、Appleがフォートナイトと同様のオンラインゲームを発売した場合、シェアを奪うには苦労するはずです。それだけ、ゲームというのは作り込みが難しく、単に優れた技術を投入しているというだけではユーザーに支持されることはありません。
一方、Air Tagについては、技術的にはTile社製品とそれほどの差がなかったとしても、あっという間に市場を独占してしまう可能性があります。これは先行するTile社にとって十分脅威と言えます。
Appleは、2020年当初にもアメリカの下院で、独占禁止法(米国では反トラスト法)に関する聴聞会に呼ばれています。これはAppleに限らずGoogleやFacebookなど、いわゆるGAFAと呼ばれる巨大IT企業に対して、市場の独占に関する追求が行われていることに関係しています。
もし、万が一でも法律違反と認定された場合、これまで築いてきた優位性を犠牲にするような改革を求められることになり、Appleとしては絶対に避けたいところでしょう。*注4
このような追求に対してAppleが一貫して主張しているのは、「ユーザーの安全性を確保するために必要なことである」というものです。
iPhoneなどの端末上で動作するアプリをApp Storeを通すことで、Appleの厳正なチェックが入りセキュリティ面での保障ができる。これは「探す」アプリの仕様についても適用されており、全てはユーザーのプライバシーを保護する観点から必要であるという主張をしています。
AppleはGAFAの一つであり、一般には「巨大IT企業」と一括りにされがちですが、ビジネスモデルはGoogleやFacebookとは明らかに異なります。
GoogleやFacebookは、検索サービスやSNSという無料で利用できるサービスを提供しています。収益ポイントとして重要なのは、ユーザーのインターネット上での行動履歴を大量に収集・分析することから生み出されることです。広告モデルが基本となっており、ユーザーのプライバシー保護に抵触しかねない、危うい要素をはらんでいます。
一方のAppleは、基本的に自社の製品やサービスを有料で販売することが収益の柱です。 魅力的なプロダクト販売が中心となり、そこで利用されるアプリなどの手数料や音楽サービスなどが収益として広がっていきます。
イノベーションと優れたデザインが融合したプロダクトを提供することが、Appleを巨大企業へと成長させてきた原動力といえます。「わが社は顧客の位置やデバイスの位置情報を中心としたビジネスモデルを構築していません」というApple側のアナウンスが、それを表しています。
ただし、この主張だけではTile社の訴えに対応することは難しいでしょう。実はAppleがこのような問題に対抗するため、Air Tagの発売までの間に、環境を整備している節が見受けられます。
今後、超広帯域無線通信をサードパーティでも利用が可能となるような仕様を公開したり、個別アプリの設定についても、現在のものよりは使いやすい状態にする可能性があることなどが伝えられています。
このような入念な準備をした上で、Air Tagの正式発表をおこなったのではないでしょうか。
かつてジョブズ帰還直後、Appleが沈没しかけていた時に資金面で救いの手を差し伸べたのはマイクロソフトでした。当時のマイクロソフトは、現在のAppleのように独占禁止法違反の追求を受けているところでした。
もしAppleがなくなってしまうと、OS市場には事実上Windowsだけになり独占禁止法の適用を受けかねないという状況です。そこで、Appleを潰さないように長年のライバルにも関わらず、資金の提供をしたというのがその背景です。*注5
そのAppleが、現在は逆に市場の支配者としての追求を受ける立場になるとは、当時を知る者にとっては、なんとも感慨深いものがあります。
しかし、当時のマイクロソフトも追求をかわしながらビジネスを継続していますし、相変わらず市場におけるWindowsの優位性は維持されています。
Appleについても、ビジネスの根幹部分に影響するようなドラスティックな違反認定がされるとは考えにくいのではないでしょうか。
世界市場に影響を与えるような、優良巨大企業を減退させるような決定が実現するとは思えません。多少の注文はつくかもしれませんが、AppleのAir Tagの価値が今回の提訴によってなくなるということはないでしょう。
そう考えると、いずれにせよTile社にとって強力なライバル製品であるAir Tagが、市場に出てくることを防ぐことは難しそうです。今後、Tile社が何か別の付加価値を見つけ出すことができれば、良いのでしょうが。
【まとめ】
今回の記事では現在進行形で係争が行われている、Apple VS Tile社の問題についてまとめてみました。
特にAppleの場合、フォートナイトやTile社といった個別企業との係争が勃発していることもあり、問題を複雑にしています。2021年4月には、ロシアにおいて独占禁止法違反での罰金も命じられているなど、不利な事実も出てきています。
今後どのような方向に進んでいくのか、GAFA各社への追求を含めてウォッチする必要がありそうです。
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■参考文献
注1
DIAMOND SIGNAL「他社製品と比較した、アップル「AirTag」の真価──数億台規模の“探す”ネットワークが強み」
https://signal.diamond.jp/articles/-/700
Apple公式
https://www.apple.com/jp/airtag/
注2
engadget 「アップル純正忘れ物防止タグ、名前はAirTag?ロシア企業から商標買収のうわさ」
https://japanese.engadget.com/jp-2019-11-02-airtag.html
注3
engadget 「忘れ物防止タグTile、アップルが競争を阻害しているとしてEUに申し立て」
https://japanese.engadget.com/tilevsapple-050047091.html
注4
engadget 「忘れ物防止タグのTile、「アップル直営店から製品を撤去された」と米議会で証言」
https://japanese.engadget.com/jp-2020-01-19-tile.html
注5
IT Media NEWS 「12年前の「Apple救済」、Microsoftは後悔している?」
https://www.itmedia.co.jp/anchordesk/articles/0908/07/news055.html