LiDARに全振りしたアップルがソニーにCISの増産を依頼
年明け早々、次世代iPhoneに関する新しいニュースが飛び込んできました。
台湾のメディアである「DigTimes」によると、アップルはソニーに対して、LiDARに組み込まれるイメージセンサー(CIS)の増産を要求したとのことです。
今回の記事はこの話題について詳しく見ていきましょう。
この記事でわかること
・ソニーのCIS増産に関するニュースの内容について
・LiDAR・CISとは何か
・アップルのめざす未来と実現する機能について
アップルがソニーに要求したCIS増産に関するニュースの内容
前述した通り今回のニュースに関しては、台湾のテック系メディアである「DigTimes」の記事が元ソースとなっています。日本国内では、Forbsなどを通じて紹介されていますが、「アップルがソニーにLiDARの増産を依頼」といったタイトルになっています。
しかし、半導体業界の状況に詳しい方であれば、このタイトルに疑問を持つかもしれません。本来ソニーは、LiDARの生産はおこなっていません。
この点については後ほど詳しく解説するとして、ここではアップルは、LiDARに組み込まれるセンサー部品である「SPADアレイを搭載した次世代型CIS」の増産をソニーに依頼した、とだけ修正しておきましょう。
アップルは、iPhone12からLiDARを搭載した機種を発表しています。役割としては、カメラ機能を向上するためにLiDARが利用されています。夜間でもクリアな画像を取得できる「ナイトモード」などがその活用事例です。
AndroidOS搭載端末と比較して、画素数などでスペックが劣ることがiPhoneのウィークポイントでしたが、LiDARを搭載することで底上げしている訳です。
しかしLiDARには、単なるカメラ機能の補完や底上げ以外にも優れた性能があり、iPhoneが将来的にVR/ARデバイスとして進化するキーともなり得えます。
LiDARは、レベル3以上の自動運転車に必須と言われているものであり、非常に高度な測距が可能です。
例えば、iPhoneに搭載されたLiDARを利用すると、簡単に物体の形状を3Dデータ化することができます。また、VR/ARで利用するオブジェクトのデータ化や、測量分野などへの応用も可能です。
さらにGPSなどと連動したり、外部機器を一部利用することで、プロユースにも通用するレベルでの測量もできるようになります。
一般ユーザーは、カメラ性能を見てAndoroidかiPhoneかを選択することも多いでしょう。
そこで、画像の画素数で競うのではなく、LiDARを搭載することでカメラ性能を底上げし、さらに一歩先の未来を見据えた戦略を、アップルが選択したと考えられます。
しかし、測量やVR/ARといった特殊な分野に優れた機能を持つからといって、多くの一般ユーザーがiPhoneを選択するというモチベーションになるとはなかなか思えません。
実際、LiDARは比較的高額なパーツであることから、Andorid端末ではほとんど搭載していません。
フロッピー全盛期時代にフロッピーをやめCDを採用したアップル。
物理キーボードを廃しソフトウエアキーボードを搭載したiPhone。
スマートウォッチに膨大なセンサー群を搭載し、ヘルスケア分野の標準端末に育てたApple watch。
このようにアップルは、常に一歩先の未来を見据えてデバイスを設計しています。
「今、競合各社がしのぎを削っている部分」をはるかに飛び越して、「まだ誰も存在しない分野」を切り開き、製品化するだけでなくマーケット自体を創造していくことで、大きく他社を先行してきた歴史を持つのがアップルという会社です。
そのアップルがLiDARに全振りして、今後発売されるiPhoneやiPadに次々搭載することで、それに合わせたソフトウエアやサービスがこれから賑わいを見せることになるでしょう。
一般ユーザーが、気軽に3Dモデリングや測量・設計・デザインができるようになり、VR/AR空間でのアクティビティが、もっと身近になる未来が来るきっかけになるかもしれません。
かつて出版や印刷は、経験と知識を持った職人が活躍していました。しかし、アップルのMacintoshとTureType Font、さらに関連するソフトウエアやプリンターの登場で、一般ユーザーにも気軽にできるようになりました。
このDTPの登場のように、進化したデバイスとソフトが揃うことで、特殊な分野でも一般化が可能になります。
VR/ARや測量・設計という分野も、現在は知識と経験を持ったスペシャリストが活躍する分野ですが、アップルの目指す未来は、かつてのDTP誕生のような改革かもしれません。
単なるカメラ性能向上のための発注とも取れる今回の記事ですが、意外に大きな進化の第一歩となるのではないでしょうか。*注1
LiDAR・CISとは何か
LiDARは、自動運転車などに必要とされる部品であり、「Light Detection And Ranging」を略したものです。
レーザー光を照射して対象までの距離や形を計測する装置であり、レーザーを照射するパーツ・反射光を検知するセンサー・処理系などで構成されています。
ソニーは、CCDなどのイメージセンサーで定評があったメーカーです。
すでに技術は次のステージへと進んでおり、現在ソニーはCCDの生産を中止し、次世代イメージセンサー(CIS)の開発・生産へとシフトしています。
その一つが今回の記事で話題になっている、SPADアレイを搭載した次世代CISです。
SPADは、LiDARで反射してきたレーザー光を捉える受光部分であり、たった一つの光子であっても増幅することで確実に感知することができる高性能さが売りです。
カメラでは捉えることができない暗闇であっても、レーザー光とSPADを組み込んだLiDARであれば、対象までの距離や形状を正確に把握することが可能です。
カメラのような豊かな表現力こそありませんが、正確に距離を測定することができるため、レベル3以上の自動運転には不可欠とされている技術です。
車載用のLiDARは高額であることから、iPhoneに搭載されるLiDARは測距可能距離が短いなど機能的には劣りますが、使用場面が異なるため十分な性能は有していると思われます。
ソニーは、このSPADアレイ搭載したCISの性能評価を目的としたLiDARを製作し、サンプルとして提供しています。そのため、いくつかの日本語記事では「LiDARを増産」と間違ったタイトルが付けられているようです。
CISは「Contact Image Sensor」の略であり、センサー(受光素子)と光源、ロッドレンズアレイ(レンズ)を一体化したイメージセンサーです。受光素子にSPADを用いたものが今回話題になっている部品です。
受光素子に関しては、デジタルカメラの代名詞となったCCDが有名でしょう。
ソニーはこのCCDで大きく業績を伸ばし、主力事業の一つへと育ててきました。現在はCMOSが主力となり、ソニーは世界トップの市場シェアを維持しています。
今後もスマホ用カメラや監視カメラ、工業用途など市場は、順調に成長すると予測されます。
SPADはイメージングではなく、センシング分野での次世代受光素子として注目されている技術であり、ソニーだけでなくキャノンなどの有名企業も開発・製品化に力を入れて取り組んでいます。
ソニーにとってはiPhoneへの搭載が確保できたことで、量産化へ向けた本格的な投資にもはずみがつくと思われます。*注2
アップルのめざす未来と実現する機能について
スマホの性能に関して、一般ユーザーに最も訴求できるポイントの一つは、カメラ性能でしょう。SNSが普及し、気軽に静止画や動画を投稿できるようになった現在、多くのユーザーにとって、クリアで高解像度の撮影ができるカメラを搭載しているかどうかは大きなポイントです。
iPhoneに採用されているカメラは決して性能が低いわけではありませんが、同価格帯のAndroidスマホに比べ、画素数などで負けている状態が続いています。
カタログスペックを単純に比較した場合、どうしても見劣りがしていたのも事実です。
十分な予算と開発費を持ち、端末単価も高めの設定であるiPhoneですから、アップルがその気になれば業界トップの解像度をもつカメラの搭載も可能だったはずです。
しかし、アップルは単純な解像度競争には参加せず、競合製品がまだ目をつけていない新たな機能を持たせることで、差別化を図る戦略を採用しました。
では、どのようなことがLiDAR搭載スマホで実現するのでしょうか。
1)3Dモデリング
これまで、専用の3Dスキャナを使って対象物の形状を測定し、3Dデータとしてモデリングしていたことが、LiDAR搭載のiPhoneを使えば簡単にできるようになります。
すでに現行機種にもLiDARは搭載されており、関連するアプリも数多くリリースされていますので、実際に体験した方も多いのではないでしょうか。
2)室内の点群データの作成
室内の壁や床を測定し、点群データを作成することができます。
室内を歩きながらLiDARで測定するだけで、点群データを取得することが可能です。壁の長さや高さなども同時に測定できるため、模様替えやファニチャー類の配置、壁紙の変更などにも利用することができます。
3)VR/AR分野での利用
現実世界だけでなく、VR/AR分野にも幅広い応用が可能です。
対象までのリアルタイム測距やデータ化が可能であれば、空間内での自分の位置を特定することができます。現実世界を正確に把握しながら、3Dモデリングされたデータを仮想空間上で配置するなどの応用に役立ちます。
AR/VRデバイスといえば、Meta(旧Facebook)の「Meta Quest」などが有名ですが、実はLiDARを搭載し、AR Kitを標準で装備しているiPhoneは、「ゴーグルのないAR/VRデバイス」のようなものです。
うまく周辺機器を組み合わせれば、Meta Quest並のAR/VR体験をすることができるようになるかもしれません。
4)建設現場などでの簡易的な測量への利用
専門的な設備を使い、ある程度の技術や経験を要する測量作業を、素人でも簡易的にできるようになるかもしれません。
国土交通省でも、2021年に「ICT施工の普及に向けた取組」という報告書で、「携帯電話に搭載されているLiDAR機能を用いた測量」を取り上げています。
少子化の影響もあり、技術者を確保することが年々難しくなっている測量現場において、生産性を向上させる可能性を紹介しています。
コストメリットも高く、素人でも比較的簡単に作業ができることから、かなり有望な応用分野として注目されています。*注3
【まとめ】
今回のニュースは、単に「アップルがソニーにカメラのパーツを発注した」というレベルの話題ではありません。iPhoneが将来どのようなデバイスへと進化していくのか、アップルの目指す戦略に関わる重要な内容です。
もちろんソニーにとっても、これを機に車載用LiDARに利用されるCISにおいて、世界トップを目指す重要なステップの一つになるでしょう。
今後10年のスマホ・AR/VR関連・自動運転分野などに関わる重要な話題として、捉えることができる内容です。
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■参考文献
注1
Forbs 「アップルがソニーにLiDARの増産を依頼、iPhone 13の全モデルに搭載へ」
https://forbesjapan.com/articles/detail/39148
PC Watch 「光子1個を検出する超高感度イメージセンサーをソニーとキヤノンが開発中」
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/semicon/1381859.html
注2
産総研マガジン 「LiDARとは?科学の目でみる、 社会が注目する本当の理由」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220928.html
KEYENCE クルマづくりコラム 「自動運転実現で注目を集めるLiDARのしくみと種類」
https://www.keyence.co.jp/ss/general/automotive-manufacturing/010/
CANON 「世界初の100万画素SPADイメージセンサーを開発」
https://global.canon/ja/news/2020/20200624.html
マイナビニュース 「2021年のCMOSイメージセンサ市場、ソニーが売上高トップもシェアは39%に下落」
https://news.mynavi.jp/techplus/article/20220914-2454979/
注3
MoguLive 「iPhoneに搭載のLiDARスキャナでどんなことができるの? おすすめの使い方やアプリを紹介」
https://www.moguravr.com/lidar-scanner-introduction/
Softbank 「【徹底検証】LiDAR搭載スマホなら素人でも簡単に3次元測量できるのか」
https://www.softbank.jp/biz/blog/business/articles/202212/lidar/